恭介が部屋から出て行った。
出て行ってしまった。
もう戻らない。二度と戻らない。

「っ、ふ、うう」

「ああ、ケイ、泣かないで」

「うっ、ふっ」

「大丈夫だよ。俺がいるから。可哀想なケイ。俺が幸せにしてあげる」

"ケイは俺の………"

( 俺は恭介の何だったの? )

"俺、の………"


「あ、ああああ」

「落ち着いた?」

「………………」

「ねぇ、ケイ」

「………………」

「俺がいるよ。ずっとソバにいてあげる。ケイが死んだら俺も死ぬ。俺が死ぬときはケイを殺してから死ぬ。ね、ずっと一緒にいよう?」

「………………」

「ゆっくりでいいよ。それまで待ってるから。ずっと隣で待ってるから、ケイ」

「………………」

「ケイ、大好き………愛してる………」

ああ、俺は浅ましい。
ケイ、と呼ぶこの声を違う人の声に重ねようとしてるんだから。

「ケイ、起きて」

「………………」

一瞬、恭介かと思ったが、視界に入った顔を見て、違うことを認識する。


「学校だよ。行こう?」


ちゅ、と触れるだけのキスをする。


「壮一………」


あの日から、壮一と呼んで、と言われた。断るのも面倒だった。

壮一はキスをしたがる。どこにでも、どこででも。


壮一に犯され、恭介が部屋から出て行ってから3日が過ぎた。恭介が学校に来なくなってからも、3日が過ぎた。


あれ以来、本当に壮一はずっと一緒にいた。トイレにもついてくる。休み時間も、ずっと一緒。お風呂も一緒に入りたがる。
そして毎日俺を抱く。優しく、丁寧に。

"俺があいつを塗り潰してあげる"

"ケイ、俺を見て"

"ケイ、ケイ、…………"

「ケイ、お昼だよ」

「え、」

「…………またぼーっとして」

「ごめん……」

「ぼーっとしてるケイも可愛いからいいよ」

「…………」

「あ、平岡ー」

教室の前の扉から壮一を呼ぶのは俺たちの担任だった。

「渡すプリントあっから職員室まで来い」
「えー!あ、ケイも行こう」

「ガキじゃねぇんだから一人で来いバカ」

「えー…ケイ、ごめんね。ちょっと言ってくる」

「うん、早く行きなよ、待ってるから」

「すぐ戻ってくる!」

そう言うと壮一ばダッシュで教室から出て行った。先生はやくー、なんて聞こえてくる。

でも、それすらどうでもいい。
会いたい……。恭介に、会いたい……。

「おい」

机に伏せていると頭上から声がした。顔を上げると、恭介と仲の良い水原くんが立っていた。

「……なに」

「恭介になんかしたか」

「……なんも」

「そうか。わかった」

「……ねぇ」

「…………」

「恭介、なんで来ないの」

「それがわかんねーから聞いたんだ。……あいつ、3日飲まず食わずだから」

「え」

「わりぃ。疑うようなことして」

「…………」

その言葉に返せなかった。3日飲まず食わずって、ヤバいんじゃない?
………壮一が戻ってくる前に。
俺は教室を飛び出し、恭介の部屋へと向かった。

「恭介!恭介!開けて!」

部屋の中からはなんの音もしない。試しにドアノブをひねってみると、すんなり開いた。


"鍵くらいかけろよ"


( 恭介はいつもこんな気分だったんだ…… )


「恭介………」


ソファにはいない。ならベッドの上か。


「恭介?」


恭介はベッドに寝ていた。


「恭介、大丈夫?」

「………………ん、」

「あ、恭介、起きた?」

「………ケイ」

「ん?」

「ああ、違う。なんでもない………」

恭介は気まずそうに目をそらす。
その顔色は悪く、最後に見たときより痩せていた。

「………俺にも他にヤる相手いんのにお前にいるのに腹立てちゃあだめだよな」

「なに……?」

「気持ちよかった?俺と、どっちが良かった?」

理解できなかった。
頭が動かない。

「あと、俺もうお前抱かねーから」

「なんで………」

「お前に相手いねーだろうと思って相手してたけど、相手いるみたいだし」

「………」

「じゃ、用ないべ」「きょ、すけ」

「出てって」

「き………」

「出てけ!」

恭介の部屋を出て、そのドアの前にうずくまる。

「あ、あああ、きょ、すけ」

泣いているのに、涙は出ない。
出るのは嗚咽のみ。
もう、触れられない。
触れてもらえない。

あいつのせいで。
全部、全部全部全部!
けれど そんな怒りもすべて悲しみの底に沈むのだ。

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