「(この高校って…結構、遊戯君の家から、近いな)」
もしかしたら、遊戯君もここの高校かもしれない……なんて、そんな都合のいい事ないか。
童実野高校を見上げながら、淡い期待をしてみたが、それは一瞬で砕けた。馬鹿らしいと、小さく自嘲した。
「紫乃?どうしたの、急に黙って」
「あ、何でもないです」
「そう?じゃあ、職員室に行くわよ」
砕け散った淡い期待の欠片を振り払い、前をツカツカ歩くお姉さんの背中を見た。そしてふと、疑問に思う。
どうして、お姉さんが職員室の場所を知っているのだろうか。まぁ、大体、職員室の場所なんて予想出来るし、決まっている。
けど、お姉さんの足元には全く迷いが無い。予め場所を知っている様な動きだ。前に来た事があるのだろうか。
でも、お姉さんに子供はいないし、――ま、まさか…!隠し子が!?既に高校生またはそれなりに大きな子供が…!
未婚の母、訳あり、家庭内暴力、薬物乱用、黒い交際。あらゆる可能性が脳裏に思い浮かぶ。
「聞こえているわよ。可愛い、可愛い、姪っ子よ」
ポンと、肩に手を置かれたかと思い前を見ると、微笑みを浮かべたお姉さんが目の前に迫っていた。
その背後には本で見た事がある悪魔と言うのか、その親玉の魔王と言うのか、兎に角恐ろしいそんな幻が…!
「
いて!いでで!!おばさん、骨くだ、砕ける…っ!?」
細い指なのにメキメキと肩に沈んで、肩の骨が軋む音がした。ヤバイ、これヤバイ音!!
「おばさん言うな!私はまだ、そんな歳じゃないのよ!」
「ギブギブギブ!!!?」
ほぐおぉ!!それ以上はヤバイって!
お姉さんは見かけによらず力が強い。本当に強い。下手をすればプロレスラーくらい簡単にねじ伏せれそうな程。
「失礼します」
漸く、職員室に辿り着くと、痛む肩を軽く擦り、服装に乱れが無いか、確認し、扉をノックした。
扉を開け入ると、近くにいた教員の一人が私達に気付き、愛想良く近付いて来た。が、お姉さんの顔を見た瞬間、
「ま、おう……鏡野千年様!?」
「(まおう…って魔王って言った!しかもお姉さんの事、様付け!?)」
一体、どういう関係なんだ!
気になるが、その教師の悲鳴に似た叫び声にその場にいた教員達の顔が恐怖に引き攣った。
当間も無く、すぐさま、教員達がお姉さんと私の前に一列に並び出す。
「おはようございます。今日転入する事になっている鏡野です。この子の担任の先生はどなたでしょうか」
「わ、私ですッ」
お姉さんが尋ねると、ビクビクしながら、一人の中年男性教師が前に出た。
普通、こう言う場合は教員の方が話を進める役のはずだが、もうこの場はお姉さんが完全に仕切っている。
いや…もう、この空気でお姉さんに逆らえる人間はいないと思う。
「先生。どうか、この子をよろしく……お願いします」
笑顔なのに目が笑っていない。超怖いです。室内の温度が一気に下がった様に感じた。
「何新たに恐怖を埋め込んでいるんですか!」
そんな事しないで!お姉さん!!
「紫乃を苛めっ子から守る為よ」
「いや、寧ろ苛めっ子はおば――「紫乃?」
その続きはお姉さんに遮られた。貼り付けた様な笑顔には「おばさんてっ言うなよ。絶対に言うなよ」そう、しっかり書いてあった。
「お姉さん、ありがとう。本当、とっても心強いよ(棒読み)」この笑顔に逆らう事は出来ない。
瞬時に命の危険を感じた私は慌てて言い直した。
「あのー?」
「ん?君は…獏良君!」
魔王の支配下に置かれ、極寒の地に成りつつあった職員室に新たな人物が現れた。
教師達が助かったと、言わんばかりの表情で彼に駆け寄る。それを追って、私もそちらを見た。
「はい。獏良了です」
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