「どうして、夜世は紫乃にあんな事を言ったんだろう」
ベッドの上で、相変わらず夜世君は血の気を失った顔色をして、まるで本当に死んでしまっている様だった。
ベッド脇ではアメティスタさんが彼の手を握って、ずっと、俯いている。時々、肩を震わせて。
『君はいつも、違和感を感じているのではないですか?周りにも、自分にも。どこにいても、本当には馴染めずにいる。
それを周囲に悟られない様に、また自分でも、認識しない様に、君は自分の本心を極力晒さず、曖昧な笑みを浮かべ続けている』「紫乃がそんな器用な事が出来る奴じゃねぇって事は俺達がよく知ってるだろう」
「あぁ、あいつは…ただ少し不器用で、要領が悪い奴だって」
「夜世君だって、純粋にデュエルを楽しむ人だよ。あんな事言う訳ないよ」
「あのさ、夜世君は誰かに操られていたんじゃないのかな」
僕がそう言うと、皆の驚いた視線が集まる。
「それって…まさか、マリクに?」
「いや、マリクとは別にだよ。何だか、そう思って」
夜世君を操っていたのがマリクだったとしたら、何故、もう一人の僕と交流の薄い夜世君を選んだのか疑問だ。マリクの狙いはもう一人の僕だ。
それなら、夜世君ではなく、紫乃ちゃんをお得意の洗脳術で、城之内君の様に洗脳して、僕等と闘わせているはずだ。
マリクはもう一人の僕の弱点をよく理解し、残酷に衝いてくる。だけど、そうはしなかった。
夜世君を操って、紫乃ちゃんを追い込み、結果もう一人の人格を創り上げてしまっている。
マリクとは別の意図を持つ何者かがもう一人の僕とマリクとの闘いに介入してきたのではないのか。
「夜世君はきっと、そいつに操られていたんだよ」
ねぇ、もう一人の僕。君はどう思う。
心の中でパートナーに問うと「俺も、同じ考えだぜ」と静かに返ってきた。
彼も大切な仲間の紫乃ちゃんの変貌振りに内心酷く動揺していた。
「皆さん、ごめんなさい。私には…未だによく分からなくて」
「千年さん、えっと、なんて説明すればいいのか」
「社長から、遊戯君…あなたにはもう一つの人格があると、聞いているわ」
「私も、説明の出来ない不思議な体験を人よりはしてきたつもりよ。だけど、だけどね、ごめんなさい。
混乱していて、頭では分かっているつもりでも、心がついていかないの…あの子にもう一つ、人格が出来てしまったって」
「俺達だって、混乱してるよ。紫乃のおばさん。夜世がワケの分かんねぇカードを出してから…紫乃の様子がおかしくなっちまって」
ダーク・ナイト。僕達とのデュエルではあんなカードを紫乃ちゃんは出さなかった。
あんな恐ろしいカードをいつ、どこで手に入れてデッキに入れたのか。
「それに紫乃のもう一人の人格…彼は、紫乃が消えてしまったって言っていたわっ」
「紫乃ちゃんは消えたりなんかしてないよ。僕は…もう一人の僕だって紫乃ちゃんが生きてるって信じてるよっ」
きっと、なんて曖昧ではない。絶対だ。絶対に紫乃ちゃんは生きている。
自分にも言い聞かせる様に僕は叫んだ。鼓膜がびりびりと痺れる。僕は俯いたりしない。まだ、泣いたりしない。
「…遊戯の言う通りだ!紫乃は簡単にくたばるような奴じゃねぇ!」
「あぁ、あいつのしぶとさは俺達がよくしってらぁ!」
丁度、皆がいつもの雰囲気を取り戻したその時にトーナメントの二回戦の抽選会の招集が掛かった。
僕等が再び、中央集会場に向おうとした時、千年さんに呼び止められた。
「遊戯君…皆さん…ありがとう。あの子が…紫乃が生きているって信じてくれて」
「千年さん。大丈夫です。紫乃ちゃんは僕達が必ず、取り戻します!」
紫乃ちゃんはいつも、僕を助けてくれた。今度は僕が、僕達が紫乃ちゃんを助けるんだ。
涙ぐむ千年さんに誓う様に強く言った。
「アメティスタのねぇーさんも、その気落とすなよ。夜世の野郎は多分、その内目覚ますさ」
「えぇ…ありがとう、城之内さぁん」
「(
器の坊やったら、中々どうして鋭いわぁん。嫌になっちゃうくらいに)」
この時、肩を震わせて泣いていると思ったアメティスタさんが、まさか、笑っているとは僕は気付かなかった。
← | →