Black valkria




――普通ではなかった。夜世君も、紫乃ちゃんも。
夜世君が見た事の無いカードを出した途端にそれは他の皆にも、分かる様に明らかになった。


夜世君は誰かに操られているんだ。きっと。そうでなければ紫乃ちゃんにあんな酷い事を言う訳が無い。
精神を酷く追い詰められた紫乃ちゃんは混乱して、息も苦しそうで、再び立ち上がる事が出来ても、何だか弱々しくて、胸が切なくなる。


大丈夫、僕等は分かっている。紫乃ちゃんが僕等を仲間だと、大切に想っていてくれる事は。
大きな声で叫んでも、それは紫乃ちゃんの耳には、心には届かなかった。










「しょ、勝者…鏡野紫乃!トーナメント一回戦突破!」










磯野さんの強張った声が天空デュエル場に響く。意識を失って、倒れた夜世君をただ見下ろす紫乃ちゃん。
その表情は今まで見た事がないくらい暗くて、冷たいものだった。


磯野さんが宣言した通り、デュエルには紫乃ちゃんが勝った。
洗脳-ブレインコントロールを発動し、夜世君の場にある唯一のモンスターのコントロールを得た。夜世君の場には他にカードは無い。
そのモンスターのダイレクトアタックで、彼のライフを0にした。だけど、夜世君はその直後に倒れてしまったのだ。


「勝者はアンティルールにより、敗者のデッキから、カードを1枚手に入れる事を許可する」


磯野さんがそう言う前にすでに夜世君に歩み寄り無言で、夜世君のデュエルディスクからパイモンのカードを剥がして、去ろうとする。





「紫乃ッ…!!」


デュエル場から、降りた存在に真っ先に駆け寄ったのは千年さんだった。
その腕に縋り付いて、夜世君に何をしたのかと、強く問い質した。
しかし、紫乃ちゃんは何も言わずにその手を振り解き、無言で千年さんを、僕等を通り越していく。


「待ちなさい、紫乃!黙っていないで、説明しなさいっ…紫乃……?」


「その目は、どうしたの」


漸く、紫乃ちゃんが振り向いて、千年さんを見た。すると、千年さんは驚いた様な掠れた声を漏らした。
重っ苦しい空気を纏った紫乃ちゃん……いや、違う。紫乃ちゃんじゃない。
紫乃ちゃんの顔だけど、だけど、瞳が、目付きが違う。中身が違う。そう別人、別人格の様に。


まるで、僕がもう一人の僕と入れ替わってしまった時の様な。





「俺は紫乃じゃない。あの腰抜けは――紫乃は消えちまったよ」


はっきりとした声で、"彼"は残酷に告げたのだった。


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