Black valkria




「ふふ、君もよく知っているじゃありませんか。ほら、よぉく思い出して下さい。ヒントは沢山与えたはずですよ」


さぁ、この瞳を見て思い出す事は?さぁ、このカードを見て思い出す事は?


「思い、出す事…」


忘れてしまっている事。そう、そうだ。あの女だ。デュエリスト王国の森の中で出会った女。
あの夢の中の砂漠で出会った女。このバトルシップで出会った女…アメティスタ。
遊戯君達と共にこのデュエルを観戦している彼女に振り返る。
瞬時にその時の出来事が蘇る。あれ、どうして、私、忘れてしまっていたんだろう。





「思い出した様ですね。だけど、今更僕が何者かなんて、どうでもいい事じゃありませんか。
ふふ、だって、今ここで、僕とデュエルをしている君の方こそ――本当の君では無いのですから」


「…え」


「君はいつも、違和感を感じているのではないですか?周りにも、自分にも。どこにいても、本当には馴染めずにいる。
それを周囲に悟られない様に、また自分でも、認識しない様に、君は自分の本心を極力晒さず、曖昧な笑みを浮かべ続けている」





「君は偽り続けている。周りの人間も、自分でさえも。本当の君は誰の声も届かない心の奥底で、ひっそりと息を殺して、眠っているのですよ」


私が、偽っている?


彼の中にいる奴の言葉をはっきり、否定出来ずにいるのはその通り、図星だからなのか、分からない。
でも、多分、図星なのだろう。そうでなければこんなに動揺したりしないはずだ。
左胸の痛みが増して、酷い眩暈がした。それはもう、立っていられない程に。
上手く息が出来なくて、ガクンと、膝を付いた。焦点の定まらない目で、ぶれる床を見た。
耳を塞ぎたいのに、冷たい突風でかじかんだ両手は動揺した私の言う事を利かない。





「紫乃ちゃん…!」


「おい、紫乃しっかりしろ!」


「紫乃…っ」





「ほぉら、彼等は君の事をとても心配しているというのに。彼等は君を友人だと、思っているのに…君の方は違うみたいですがね」


「あぁ、なんて酷い人だ」


「ちが…う」


皆の声がするが酷くぼやけて聞こえるのに聖さんの声だけははっきりと、聞こえる。
やっと、否定する声が出たが、蚊の鳴く様なとても、情けないものだった。
ふら付く足で何とか立ち上がって、聖さんに向き直った。


「ならば、何が違うのか、大きな声ではっきり、否定してごらんなさい。僕に勝って、証明してごらんなさい」





「私のターン、ドロー…!」


引いたのは魔法カード、洗脳-ブレインコントロール。
800ポイントライフを払う事で、相手フィールドのモンスター1体のコントロールをエンドフェイズまで得る事が出来る。
聖さんの場にはカオス・ソルジャーの攻守と能力をコピーしたパイモンのみ。そして残りのライフは、1700。


このカードを使う以外にこのデュエルに勝つ事は出来ない。だけど、だけども、ダーク・ナイトで聖さんを攻撃する事なんて、出来ない。
ダーク・ナイトは危険だ。おかしな力を持っている。王国でのデュエルでも、ナイトメアに攻撃された時だって、聖さんは凄いダメージを受けていた。





それにこのカードで、誰かを傷付けたりしたくない。だから、闘えない。


私は皆の事が好きだと、思っていた。けど、けれど――
それは"好き"だと、思い込んでいただけだったに過ぎなかった事になってしまうのか?
自分の弱さに絶望して、打ちひしがれる。何が、かっこ悪いところは見せられないだ。何が、負けられないだ。










『闘えないのなら、引っ込んでろ。腰抜けめ』











私とよく似た声が頭の中で、大きく響いた。途端、後ろから、肩を強く掴まれ、思いっきり、後ろに放り投げられる感覚に襲われた。






END


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