Black valkria




高く積まれた瓦礫の上から、果てが薄っすら曖昧になる空と海を見つめながら、少し、ひりひりする左頬に手をやると、まだ熱い。


「(千年の奴め、思いっきり殴りやがって)」


あのエレベーターの中で、千年はこの俺に紫乃を説得して、表へ出してくれないかと、懇願してきた。
だけど、あいつはもういないのだ。突き飛ばしたら、抵抗もしないで、簡単に見えない深い底へ沈んでいった。
存在しない相手への説得なんて、普通に不可能だろう。無茶だろう。










出来ない事を出来るなんて、嘘を吐く程俺は出来ちゃいない。さっさと、紫乃の事は諦めりゃいいのに。


「あんたは優しいよ。でもさ、優し過ぎて、いい加減他人の押し付けられた子供の心配は疲れるだろう。あんたは十分いい叔母だったじゃないか。だから、もうそろそろ、家族ごっこをお仕舞いにしても……、っ」


視界が一瞬、真っ赤に光り、狭い空間に乾いた小さな破裂音が響いた。じわじわと左頬に熱が宿る。
ぶたれたのだと分かるまで、そう時間掛からなかった。乱れた前髪の隙間から、千年を見返す。
背中を壁にぶつける様に寄り掛かり、俺の打った方の右手を押さえて、両肩と唇をわなわなと震わせていた。


「わたしは、私は…」


「家族ごっこなんて、思った事は一度もないわ……ッ!」


怒っているのか、悲しんでいるのかよく分からないそんな声で、千年は低く言う。


「そう」


タイミング良く、エレベーターは止まった。動かない千年を残し、エレベーターを降りると、扉はすぐに閉まる。
それと同時に中に残された千年がずるずると崩れる気配がした。











回想を終えても、時間はまだまだある。寝ていても全然問題ない。うっかり、寝過ごしたら、それはそれでいいのかもしれないし。
デュエル・タワーの上空からはつい先程までは闇のゲームの気配がしていたが、それももう消えていた。勝者はマリク。
それで、今度はデュエル・タワーの上空に巨大な神が降臨中。今は遊戯と海馬が闘ってるのか。


「え……あ?」


不意に強く、呼ばれた。一度、無視しても、益々強く呼ばれるばかり。ああ、また、俺を呼ぶ。
嫌だ。俺は行きたくない。面倒だ。呼ぶな。いいじゃないか、俺の事など、放っておいてくれないか。
抵抗は虚しく、俺の意思とは関係なく足は引っ張られる様にして、デュエル・タワーへと向ってしまう。





デュエル場へ辿り着いた時、タイミングが良いのか、悪いのか、遊戯のオシリスと海馬のオベリスクが激突した瞬間であった。
途端に左胸が焼ける様に熱く疼いた。酷く痛くて、気が遠退きそうな程に。視界も溶ける様に眩しい光に包まれ、何も見えなくなっていく。


|



- ナノ -