「おはよ!」
あの後、バクラ君が帰ってから、「もう眠れないかも」と夜明かしをするつもりでいたら、私はいつの間にかしっかり眠っていた。
真夜中に起こされたのが嘘みたいに、すっきり爽やかな気分で朝を向かえ、何だかとってもいい気持ち。全然、寝苦しくもなかったし。
教室のドアを開けると、遊戯君の席に皆が集まっていた。
「珍しいな。紫乃が遅刻ぎりぎりなんて」
「早くに起きたんだけどね。今日はちょっと、ゆっくりし過ぎちゃって」
「いいなぁ、僕なんて寝不足で」
言いながら、漠良君は欠伸を噛み殺す。隈が酷い。お肌も荒れている。
そう言えばここ最近ずっと、漠良君も寝不足気味みたいで、毎日ぼんやりしていた。
昨日のバクラ君の事をを思い出すと、原因は彼の夜遊びにあるんじゃないか思えてならなかった。
「漠良君。君また千年リングに――あれ…もう一人の、遊戯君?」
操られているんじゃないかい。
そう聞こうと漠良君に向き直ると、不意にもう一人の遊戯君の姿が目に飛び込んできた。
彼の方が朝から、表に出てきているのは二年生に進級して、御伽君ともめていた時以来だ。
具合でも悪いのかな…何かあったのか凄く気になるが、少しホッとした様な気持ちもあった。
昨日の今日で遊戯君と顔を会わせるのが実はちょっとだけ、恥ずかしかった。すると、もう一人の遊戯君が小さく笑って、
「悪いな、相棒じゃなくて」
「い、いや、別にそんな事ないよっ!あっはっはっ、何言ってるんだい」
「隠すなよ。顔に書いてあるぜ」と言われ、私が慌てて言い返すと、周りから視線が集まってきた。
一度は無視したものの、その視線が体中に突き刺さる。
「あー顔赤いぜ。紫乃」
「遊戯となんかあったの〜?」
杏子ちゃんまでもが含み笑いをするなんて。うわ、本田君と漠良君までニヤニヤし出した!
昨日の事を遊戯君が私のいない所で言いふらす訳無いし…だとしたら、城之内君。
城之内君が私と遊戯君を二人きりにする状況を作ったんだし、間違いない。
「俺は別に変な事は言ってないぜ」
私の視線に気付くと、いつもは空気を読むのが苦手なのに、心外だと強く言う。でも、顔が笑っているので説得力が無い。
「お前の思ってるその変な事ってどんな事だよ、ん?」
あれ、今日の城之内君は嫌に強気だ。
言いよどんでいると、城之内君がニヤニヤしながら、迫って来た。後退ると本田君にぶつかってしまった。
本田君に謝ろうと、城之内君に背を向けたら、羽交い絞めにされてしまった。ヤバイ、後ろ取られた!
「おら!昨日あの後、遊戯とどうなったのか、全部、吐いちまえ!紫乃ちゃんよぉ!」
「な、何これ!何のいじめ!?助けて遊戯君ー!」
もう一人の遊戯君も笑ってばかりで、助けてくれる気配が無い。
「そう言う事だから、よろしくね。皆」
結局、恥ずかしさに涙ぐみながら、洗い浚い喋ると、計った様に遊戯君が現れた。
城之内君に羽交い絞めにされていた私を助け出し、天使の様ににっこりと微笑む。
皆に笑われつつも、祝福されて、嬉しいけどもう、穴を掘って埋まりたかった。
「うぅ、遊戯君って実は確信犯だったんだね」
ホームルームの始まるベルが鳴って皆、席に戻っていく。
私は疲れて、机に突っ伏して、ついつい真横の席の遊戯君に恨みがましい声を上げてしまう。
「ごめんね。こんな僕の事、嫌いになっちゃった?」
「…そんな簡単に嫌いになれないよっ」
遊戯君は天使の様に可愛いと思っていたら、実は小悪魔だった。
うん、
そんな遊戯君も好きです。「いよいよ、今日だね」
不意に真剣な声で遊戯君が小さく言った。
担任の先生が教室にやって来て、生徒達が慌しく自分の席に着き、ホームルームが始まった。
「うん。そうだね…」
横を見ると、もう一人の遊戯君に変わっていた。今日はずっと、彼が表で過ごす事になっているのか。
今日の放課後。皆で童実野美術館へ行く事になっていた。
もう一人の遊戯君の失われた記憶の手がかりを求めて。そして、私は前世と向き合う事になる。
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