Black valkria




前を歩く青年の後ろを近過ぎず、遠過ぎず、一定の距離を保ちながらついて行く。
ここがどこで、これから、何をしに行くのかも、よく分からない。青年はあれから一言も喋らない。
きっと、聞けば答えてくれるだろう。口を開こうとした時、背後から、弾む息と駆ける足音が聞こえ、開き掛けた口を思わず閉じる。突然それが自分の背にぶつかってきたからだ。


「まぁ、もうお加減はよろしいのぉ!」


柔らかい身体に背中から、抱きしめられ、腹に回された褐色の細い腕を見下ろして、振り返る。


「私、心配であなたの部屋まで、見舞いに行きましたのよぉん」


長く鬱陶しい前髪の隙間から、微笑む女の顔が見えた。





「…ここは貴様のうろついて良い場所ではないとあれ程申したであろう。アメティスタ」


「あらあら、まぁまぁ…セト様。いらしたんですかぁ」


忌々しいと言う様子で青年は振り向き様に彼女に言う。


「相変わらずおかしな喋り方をして、半人前の魔術師風情が。油ばかり売っていないで魔術の修行にでも励め」


独特の口調をした彼女のお陰で偉そうな青年が名前がセト様と言う事が分かった。
そして私の後ろにいるのが…アメティスタと言うらしい。


「怪我を負った友人が心配で心配で、無事な姿をそして、顔を見るまでは修行も手につきませんわぁ」





「ゆう、じん…?」


「そう、私とあなたは、友人」


頷くアメティスタを見下ろした。彼女は紫色の瞳をした美しい娘だった。
嬉しそうに目を細められ、どうしていいのか分からずにただただ、彼女を見つめ返す事しか出来ない。
深い紫色の瞳に無表情の自分の顔が映り込む。


「法廷の時刻が迫っているのだ。貴様に構っている暇などない!」


「でしたらぁん、セト様だけでもお先にどぉぞ。私は少し彼女にお話が「ふざけるな。急いでいると言っているだろう」


強く言い放つと、彼は私のだらんとぶら下がる手を「さっさと、行くぞ」とでも言う様に乱暴に引っ掴んで、足早に歩き出した。
されるがまま腕を引かれながら、もう小さくなってしまった彼女に振り向いた。
アメティスタは私が振り向くと分かっていた様に微笑んでいた。





「お前もお前だ。時間が無いと言っているのに、あんな女に構いおってッ」


「申し訳…ありません」


相変わらず何が何だか分からない。でも、私がこの人を怒らせてしまったのは分かる。
セト様は私が寝過ごしたと言っていた。だから、迎えに来てくれたのに、私がのろまなばかりに。
指が食い込む程、きつく手首を掴まれ、長い回廊を文字通りに引き摺られ、私は痛みを感じないそこを見ながら、謝罪の言葉を口にした。





暫く引っ張られ、漸く目的の場所に着いたらしい。放り投げられる様に手を解かれ、セト様は歩き出す。
後に続こうと一歩踏み出すと、セト様は振り返り、私の鼻先に錫杖を突きつけた。


「ここで待っていろ。今のお前に王の間に入る資格は無い」


睨み付けられ、返事も出来ないでいると、痺れを切らした様にセト様が大げさな身振りで錫杖を下ろした。


「何故…顔を隠さない」


「え」


真っ直ぐ目が合うと、彼は小さく驚いた様にそんな事を言う。
まるで、それではまるで、私が人を避ける様に顔を隠し、目線を合わせる事を避けている人間みたいではないか。


「えぇいっ、ファラオには私から言っておく。法廷が終わるまでにその寝ぼけた頭と顔を何とかしておけ!」


「……」


今度は私の返事を聞かずにセト様はさっさと王の間の奥へと消えて行った。
あの人に掴まれていた場所を見ると、真っ赤な跡がくっきりと残っていた。


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