Black valkria




「―――いい加減起きんか、馬鹿者ッ!」


暗闇をさ迷う私を照らす一筋の閃光の様な怒鳴り声から、意識が始まった。
目を開けているのか、閉じているのか、分からない程"ここ"は暗い。
身じろぐと、すぐ近くにいるらしい怒声の主が何故か安堵した様な息を吐いたのだけは分かった。





「…全く、約束の刻限を過ぎても、現れないので迎えにくれば…まだ寝ておったとは」


「(ここは)」


「何度呼び掛けても返事が無いので、死んだのかと思ってしまったではないか」


横になっていた硬い寝台から起き上がると、体中がキシキシと軋む。
背中や腕にさらさらと長い髪が流れ纏わり付いて、自分の髪はこんなに長かっただろうかと違和感を覚える。
怒声の主は文句を言いながら、灯篭に火を灯す。まだまだ部屋の中は薄暗いが、辛うじて相手の姿を捉える事が出来た。背の高い青年だ。


「おい、本当にもう怪我の具合は良いのか。もしや、また変な気を遣っているのではないな」


呼んだ、死んだ、怪我だって、一体誰が――私が?
疑う様な眼差しを向けられて、軋む体を探ると、頭に布が巻かれていた。だけど、そこには痛みは無い。


「痛むのか?やはり…まだ大事を取って休んでいた方が、」


頭に手をやったまま黙っていると、青年の口調が急に労わるものになって、少し不安になる。
それにしても、この人は一体、誰だろうか。私にはこの人のはっきりした顔も名前も分からないのだ。


「どうした。何とか言ったらどうだ。それとも、"また口が聞けなく"なったか」


「いいえ、平気です」


徐々に苛立った様子で青年に問い詰められ、「どなたですか」と聞く事も出来ず、私は返事をした。
自分で出した声の細さに驚いた。私はこんな声だっただろうか。
相手は私の返事を聞くや否や何かを投げつけてきた。広げて感触などを確かめると、それは服であった。


「ならば、さっさと着替えろ。そろそろ法廷が始まる。剣も忘れるな」


何の事だ。何が何だか分からないまま結局私は考える事を一旦やめて、流されるまま渡された服を着る事にした。
その際、胸の辺りに大きな傷跡がある事に気付いた。指でみみずの様な醜い跡をなぞり痛みが無い事や感触から随分昔のものだと分かる。
最後に寝台の脇に置かれていた剣を腰に挿し、頭に巻いてあった布を取り除き、青年の後を追った。





「(まぶ、しい……)」


部屋の外に出た途端、強烈な眩しい光に目が眩み、思わず足を止め腕で顔を覆う。


「阿呆が。数日間もあんな部屋で死者の様に眠っていれば、それは目も驚くであろう」


先に行ってしまったと思っていたが、青年は待っていてくれたらしい。
瞬きを繰り返している内に目が慣れ、青年の顔がよく見えた。


切れ長の青い目は強い光を放っており、そう簡単には忘れられない様な強烈な目。確かにこの目を知っている様な気がする。
そして先程は部屋が暗す過ぎて分からなかったが、青年が褐色の肌をしている事に気が付いた。
私の肌はそれとは正反対に白い。真っ白で手のひらの僅かな赤みさえ酷く目立つ様に感じた。


再び青年を見ると、彼の手には金色の錫杖が握られていた。
青年は私を怪訝に見ていたが、やがて「行くぞ」と短く言って歩き始めた。


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