Black valkria




分からない。いや、思い出せないと言った方がいいのか。
セト様とアメティスタの口振りから察するに私は頭に怪我を負って、伏せっていたらしい。
それが原因で記憶が一時的に失われているのではないだろうか。





王の間の前には沢山の人間がいた。皆同じ格好をして、同じ武器を手にしている。
彼等はただ突っ立ってぼうっとしている私を心配そうに見ていたり、恐ろしいものを見る様な目をしていた。


私はどうやら、酷く浮いているらしい。
私の姿が人とは違う所為だろうか、あぁ、きっとそうだ。ならば仕方が無い。白い肌をしている人間は私以外、誰もいない。
人は自分達と違うもの、自分達と同じ事の出来ないものを忌み嫌う。










「た、大変ですッ!!」


息を切らせ、顔をぐちゃぐちゃに強張らせた一人の兵が私に真っ直ぐと駆け寄ってきた。
他の兵士達の視線が一斉に集まる。どうして、私の元に一番来るのか。とにかく、落ち着いたらどうですか。


「…何が」


あった。
最後まで言い切る前に周りに集まっていた兵士達が一斉に吹っ飛んだ。
皆、短い悲鳴を上げ、後ろの壁に激突し、意識を失いずるずると床に落ちていく。


私は顔を強張らせた兵の腕を掴んで咄嗟に大きな柱の裏に隠れたお陰で難を逃れた。


「一体、何があった」


「ぞ、く…賊が、王宮に……っ」


静かに訊ねると、その兵は震えながら、途切れ途切れに唇を動かした。
驚いた。ここは王宮であったのか…あぁ、だから、王の間があるのかと暢気に納得してしまう。


不意に刺す様な視線と何だか恐ろしい気配を感じ、兵の腕を掴んで前に飛ぶと、今いた場所が抉れていた。
兵が何かを見て、喉が引き攣る様な小さな悲鳴を上げた。その視線を追うと、それはいた。


「…逃げろ」


早く。きっと、次は助けられない。
そう言うと、兵士は王の間へと一目散に駆け込んで行った。





「ヒャハハハハ!王家の衛兵も大した事ねぇな、おい」


それは耳につく高笑いを上げて、まるで同意を求める様な視線を投げつけてきた。
緋色の衣を纏い、黄金を背負い、ミイラを引き摺る顔に大きな傷跡を持つ男。


その出で立ちで、男の異常さは理解出来ていた。
男は逞しい体つきをしているが、見るからに屈強揃いな兵士達を一度にどう吹っ飛ばしたのか、謎だ。





「何故、こんな事を…」


言う私を無視して、男は黄金やミイラを床に放り、私へと大きな手の伸ばす。
後退りしても、構わず迫ってくる。とうとう、壁際に追い詰められた。
鎖骨から首、そして頬に男の手が滑る様に上り撫でる。撫でると言うより、触れられるかどうかを確かめる様なおかしな触り方。
それから、すぐに遠慮が無くなり、ベタベタと馴れ馴れしく触れてくる。何だこいつ、人の体を気安く。


「おっと」


全く不愉快だ。腰に挿してあった使い方もろくに覚えていない剣を引っ掴んで、男の腕目掛けて振り下ろした。
男は腕を引っ込めて刃をかわし、二、三歩後ろに下がった。


「あっぶねなぁ…」


本当に危ないのはどっちだ。
初対面の人間の体を気安く触って、変質者か。口には出さずに不遜に笑う男を見返す。


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