ネタ

Gloria

「遅い…」

 ゆったりとした椅子に座り、すでに冷めてしまった紅茶を一口飲んで、呟いた。教会に着いてこの部屋に通されてから、かれこれ四半刻(30分)は経っている。しかし、どうやら予定よりもかなり早かったようで、慌ただしく準備をしているのだ。ジルヴァの前では、冷や汗を拭きながら神官長が長話をだらだらと続けている。聖騎士は、帝都から派遣されてくる重要な役職だ。接待には気を使う。
 ただ、ジルヴァは、ほとんど聞き流しながら、茶菓子を口にしていた。いい加減、飽きてきたからだ。
 ふと、慌ただしい足音とノックが聞こえ、失礼しますと慇懃に神官長が腰を上げた。扉の向こうで、ああよかった。早くご挨拶をという安堵した声が聞こえる。ぎぎぃっと古びた音を立てて開けられた向こうにいたのは、教皇の冠をかぶり、控え目だが繊細な装飾が施された衣装を着た少年だった。

 くすんだ金髪、つりあがった金緑の目。平凡な容姿だが、16だと聞いているのに同年代の少年より華奢な体つきだ。それは、教皇という衣装に着られているように見えるほど幼かった。

「お待たせしてしまい、申し訳ありません。もう少し早く終わる予定だったのですが…」

 ぺこりと頭を下げた彼は、教皇という立場らしく穏やかで礼儀正しいように思われる。ジルヴァは、彼に対し、問い詰めるでもなく今後こういうことがないようにと言い含めるにとどめ、自己紹介をした。

「本日より、聖騎士の任命を受けました。ジルヴァ・アギニカと申します」

 床に膝をつき右手を胸に当てて頭を下げる、という最敬礼をとる。

「第二十三代教皇を務めています。ロゼルディリシア・ディアナハルクスです」

 よろしくお願いします。そう言って、彼は、ジルヴァの前に膝をつき手を取って微笑んだ。
 聖騎士は、教皇の盾となる存在。いわば、教皇の部下である。そんな人物に、彼が膝をつく必要はない。彼は、聖騎士と教皇の関係というものをしっかりと理解しているのだろう。
 これは、好ましいことだ。主が馬鹿では、守る甲斐がないというもの。ジルヴァは、いい主を持った、彼の盾となり槍となろう。そう決意した。

 あれから一月が経った。ジルヴァは、目の前の光景に仁王立ちになっていた。
 整えられた天蓋付きのベッドのシーツをはいだあとに出てきた丸められた布。それは、華奢な少年のような大きさのもので、寝ているように見せるために凹凸を出すなど芸が細かい。

「また脱走か…!」


†††


 賑やかな街道を、油断なく視線を走らせながら早足で歩く。人混みをすいすいと泳ぐように歩いていく彼の姿は、甲冑を脱いで身軽な格好だった。

「まったく猊下は…」

 探しているのは、教皇猊下その人だ。
 彼は、以前から脱走癖があったらしい。彼が抜け出すのは決まって礼拝の時間だ。礼拝は、お布施を行った人間がディアナを示す黄金の鳥の像を拝み、教皇の声を聴く行事だ。週に一度、半刻(一時間)だけのもの。
 ただ、半年に一度の唱歌祭と合わせて教会の権威を見せ、信徒に教会を信じさせるためのものだ。教皇がいなくては話にならない。
 もちろん、教会側は何度も注進し、何度も阻止しようとした。が、なぜか前任の聖騎士しか彼を捕まえられなかったらしく、それも教会が早く次の聖騎士をと帝国側を急かした理由のひとつらしい。


 Gaddia, valeN tIfth ArIa Fel DiAnA

 ふいに聞こえた澄んだ声に耳をすます。どこかで聞いたようなメロディーにのせられた歌詞。普段使う言葉と違うものだ。

 diAn DiAna Hal Kussl RozeldieRiciA

 美しい旋律、美しい歌声。詩人が紡ぐ奇蹟の唄(シルク)。ジルヴァは、唄が聞こえる方角へ、脱兎のごとく走り出した。
 到着したのは、路地裏の奥に偶然できた広場のようなもの。当然、大通りに面したものとは違い、規模は小さかったが、そこを埋め尽くすように生き物が集っていた。老若男女問わず、粗末な身なりをした彼らは、一様にある一方に向かって頭を下げ拝んでいる。人々の間を縫うようにして犬や猫、鳥に、街中では珍しい兎に鹿や狐など様々な獣たちがある一点を見つめている。
 そこにいるのは、砂色のマントに付属のフードを目深に被った少年。彼が、国を謡い、空を歌い、大地を詠い、あらゆる命を謳い讃えた。それは、聖歌のひとつのように聞こえたが、それを越え、人が古来より伝えてきた民謡に近いようにも思える。
 その美しい旋律に聞き惚れそうになるが、ジルヴァは、己の役目を思い出し、慌てて自分の立場を確認した。
 ふと、高音が響き渡り、その音が、宙を舞い空を抜け光となって降り注ぐという現象を伴ったように見えた。光は、その場に集まった彼らの身体に触れると、一瞬で身体を包み込み、彼らが持つさまざまな傷を癒し、力を与える。ジルヴァも、ふよふよと漂ってきた光が触れて、以前できた掌の傷が消えていくのを見た。

「癒しの奇蹟(ヒラ)の力か…」 この世界には、詩人と呼ばれる能力者たちがいる。彼らは、唄(シルク)を謳うことで奇蹟を起こす。それぞれ、火の奇蹟(フライス)、水の奇蹟(ウォエル)、風の奇蹟(ブラスト)、大地の奇蹟(グランディア)、癒しの奇蹟(ヒラ)と分かれ、その中でも癒しの奇蹟は教皇しか使えないとされている。その名前の通り、ヒラは、傷を癒す。フライスは、火を操り、ウォエルは水、ブラストは風、グランディアは大地となり、彼らがいることで、この国は軍隊を持たずともよかったと言われている。今では、大陸を統一したため、詩人たちは国内で起こる内乱や暴動、犯罪をつぶすことに集中している。


 音が消えると、おとなしく聞いていた彼らは波が引くようにそれぞれの場所へ帰り始めた。森の獣は森へ、町の獣は町へ、人間たちはそれぞれの住処へ。何を話すでもなく、ただ淡々と消えていく。その中を、ジルヴァは、歌っていた少年へと近づいて行った。

「猊下」

 ひとしきり歌って疲れたのか、もともと来ると分かっていたからか、彼は何も言わずに騎士へ身を預ける。奇蹟の力は、それぞれ詩人にそれ相応の代価を求める。説教は後で。ジルヴァは、少年を抱き上げるとその場を立ち去った。

 午前いっぱいの時間をかけて、教皇は、力を回復したようだった。昼食の時間になって、ようやく起き上がってきた彼に、ジルヴァは容赦なく詰問する。

「猊下。むやみに奇蹟を使わないでください」
「やだ。救えるなら救ったほうがいいでしょ」
「しかし、それで倒れるのは猊下ですよ。猊下のお体を心配しているのです」
「えー…じゃ祈りをやめさせてよ」
「無理です。教会だってただの機関ですから」
「お金が必要ってことね…」


がっつりファンタジーが好きです。落ちどころがわからない状態でもやもや。ジルは、ロゼを最初は弟と見てて次第にロゼに惹かれていけばいい。でもってお兄ちゃんハルミナに警戒されればいい。

ロゼ・ディアナ
現教皇。唄(シルク)を謳い、奇蹟を起こす詩人の最高峰。怪我を治す、癒しの奇蹟(ヒラ)。その奇蹟は、死者を蘇らせるほどとも言われている。
平凡な顔のくすんだ金髪金緑の目。教皇として民衆の前に出るときは化粧を施しているため、素と印象が変わる。

ジルヴァ・アギニカ
元親衛隊長の聖騎士。親友である皇帝の頼みを受け、教皇の護衛となる。白銀の騎士として名高い。
白銀の短髪に鋼の目、端正な顔立ち。真面目。

ハルミナ・ハルクス
現皇帝。弟を溺愛している。金髪碧眼の美丈夫。

イオ・ヤイフィア
侍女頭。皇帝を世話する。ほんわかしているが芯はしっかりしている。
素朴な可愛らしさをもつ女性。
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