ネタ

彼方へ

!一般的に言われる両性とは違ったものになります。ファンタジーです。


 今日も今日とて外から騒音が響いて、頭痛がしそうだ。原因は、見なくても分かっている。ここ、想(そう)華(か)学園においての有名人だからだ。教室の前扉が開き、担当教師を呼ぶ。

「頼みます、貴方じゃないと止められません!!」

 まだ年若い教師は、深々と溜息をついて生徒たちに自習を言い渡すと苛立たしそうに出て行った。途端に騒ぎ出す教室。それなりに厳しい教師である彼は、生活指導も担当している。自然、だらけた雰囲気になるのは当然だった。

「楓ー、やっぱり今日も馬鹿騒ぎ起きたな」

 堂々と教室内を闊歩して、俺の隣にやってきたのは友人。古くからの付き合いで幼馴染だ。逆立てた黒髪に青のメッシュを入れ、適当に着崩した制服は不良という言葉がふさわしい。

「ソルトか…確かに、毎日飽きないよな」

 心底呆れたように言えば、どこか困ったような顔をして友人は俺のこげ茶色の長髪を掬い上げた。項近くでひとつに結ばれただけの単純な髪型だが、男という性別から考えれば特殊に思えるだろう。

「お前も、な」
「なにか言った?」
「いや」

 かすれた声で何事かを呟いた友人に尋ねれば、否定され、まぁ別にたいしたことではないはずだと結論付けて次の話題に移った。


 杖を掲げながら何かを叫んだ少女の前方に炎が広がり、それは一瞬で目標物を取り囲んで燃やしてしまった。崩れていく人形から、地面の草葉に燃え広がることはない。それは、術で作られた炎だからだ。

「よし、次は鬼灯(ほおずき)楓(かえで)」
「はい」

 周りがざわめく中、しっかりと教師に声が届くように少し張り上げる。鬼灯さんだ、炎帝の技が見れるぞ、あの人が炎帝なんだ。さまざまな言葉が囁かれるが、気にすることはない。この学園に来て四年、もう慣れてしまった。

「吼えろ、火穿(ひせん)」

 数体の人形を睨みすえ、まっすぐに飛んでゆく鋭い炎をイメージする。そうすれば、俺の目の前の空間から小さな炎が生まれ、目標物へ。恐ろしい速さで全てを貫き、人形は一瞬で燃え上がり、砕け散った。前回の少女の炎の被害にあった人形が、まだ燃え続けている中、それはまるで氷が砕け散るかのように消えた。

「……オリジナルか。まぁ、いい」

 次は――、とまだ続く炎術の試験に嫌気が差し、俺は演習に使っている森へと足を進める。途中、口うるさい友人が何か叫んでいたが、気にしないでおこう。


 それは、本当に偶然だった。だから、予測できなかった。

「あ、楓!」

 安息所を求める俺の目の前に、有名人プラス危険人物である彼がいることに。想華の掟その一。金髪、オッドアイ、赤い鉢巻を巻いた人物には近づかないこと。

「え、ちょっと待てよ、楓」

 掟その二。彼に遭遇するときは、たいていトラブルがあるので躊躇い無く逃げること。俺は、誰かが言い出した暗黙の了解というやつを実行することにした。

「え、ええーっ!?」

 後ろで間抜けな声があがる。
 俺は、穂積彼方が嫌いだ。やつを含め、やつを取り巻く人物や環境も。ただ単に危険人物であるからというわけじゃない。へらへらした態度や、やたら美形だとか、雷術では一番の力を持っているとか、毎日のように馬鹿騒ぎを引き起こすだとか、その全てだ。僻みかもしれないけど、嫌いだという感情は確かだった。あと、付け加えるとしたら、

「なぁ、待てよー」

 毎日のように追いかけてくることも嫌う要素の一つだろう。


 今日は厄日か。そう言いたいのは、目の前に立つこの男のせいだ。完璧に。

「おお、今日も可愛いね。マイハニー、可愛すぎて何処かの誰かさんに教われないか非常に不安だよ。この不安を紛らわすには、ハニーからの熱い抱擁と接吻が必要に違いない。さぁ、このボクの胸に飛び込んでおいで」

 抜き打ちテストで酷い点数を叩き出し、友人に面倒ごとを押し付けられ、実技でなんとか機嫌を持ち直したところで、大嫌いなアイツに出くわし、アイツを撒くまでにさまざまなトラブルが起きて満身創痍になりながらようやく寮に帰れるところで。厄介ごとというのは突如湧いてくるものらしい。忌々しい白銀の髪と愉快に細められた銀目を見て、しみじみとそう思う。

「やだな、楓くんは。意地っ張りなんだね! 仕方ないなぁ、恋人のボクがハニーを包み込んであげよう」

 頭がフリーズしていたところで、ヤツは勝手に結論を出し飛びついてきた。迷わず蹴り飛ばした。いくら美形で風紀委員長だとしても、今はただの障壁でしかない。俺は早く布団に包まれたい。ヤツの腕の中とかじゃなくて。

「フフフ、そんなに恥ずかしがらなくったっていいんだよ。キミの愛はそのスラリとした肢から繰り出される華麗な蹴り技に込められていることくらいお見通しさ」

 どこかで野垂れ死にしないかな。


 寮の二階へ上っていき、自室を目指す。長い廊下に続くいくつもの扉を横目に、308と書かれたカードキーを握り締めた。想華の生徒の大半は寮に住んでいる。それは、学校としての実績がいいここへ遠方から生徒がくることが多いためで、もちろん地元でも有名だから実家から通う生徒もいる。俺は、辺境の村からやってきた生徒の一人なので、他のヤツより自活能力は高いと自負している。だからこそ、俺の部屋を訪れる人物は意外と多いようだ。
 今日は、買い物に行けなかった、と嘆息しつつ自室へ向かう。端末に入っていたメールを思い出す限り、今日はかなり大人数だ。春だが鍋にしてやろうか。

「あの…っ」

 掠れたような高い声。ねっとりとした甘さも孕んでいるそれは、俺の脚を止めるには充分だった。

「彼方くん」

 大嫌いなヤツの名前までも囁かれるのなら、余計に。
 どうやら、告白現場らしいと感づいたのは、進行方向から聞こえてきた声を確かめるべくそっと覗き見してからだった。顔をリンゴのように真っ赤にさせた少女の手には可愛らしいプリントの施された一枚の封筒を手にしていた。ここからでは読めないが、おそらく穂積彼方の名前が記されているだろう。それを受け取る、男らしい日に焼けた腕。そして、響く声を聞く前に俺は踵を返していた。やけに胸の辺りがうるさい。


「今日は、やけに遅かったな」
「みんな心配してたんだよー?」
「メシを食い損ねるかもしれないっていう心配だろうが。ちゃんと作ってやるから戻って準備しとけ」

 俺の部屋でくつろいでいた友達のうち数人が声をかけてくる。冷たくあしらえば、一人以外は居間へと戻っていった。俺の知らない声も混ざって談話が聞こえてくるが、これはよくあることだ。どうやら俺の料理は美味いと評判らしく、友人の友達の友達という、まぁ俺にとっては知り合いでもないやつもやってくるのだ。これだけ人数が増えるとさすがに材料費がかかるので、お金も貰っている。キッチンに入れば、クラスメイトが一人だけ冷蔵庫を漁っていた。面倒見のいい彼は見た目不良なのでキッチンという場所が激しく似合わない。

「ソルト、今日のメニュー決まってないんだけど」
「え、またかよ」
「じゃ、鍋にする」
「春っつってももう蒸し暑い日もあるんだけどな」

 苦笑いしつつ冷蔵庫から昨日の余りものや水炊きのための調味料やらを出す。俺は、制服のまま、それらを受け取って大鍋とガスコンロを引き出した。

「いいじゃん、面倒くさいし」

「今日食いに来てるやつらは可哀想だな、手の込んだ料理食べれると思ってたみたいなのに」

 それは、勝手に噂して期待して押しかけてくるほうが悪い。もともと俺は面倒くさがりなんだよ。気まぐれで作ってやった中華料理のフルコースは、ほぼ嫌味だったし。結局、多すぎる量に食べきれず、ご近所に配ったり朝食や弁当に反映されたりした。ただし、食べきったのは、ソルトを始めとするクラスメイトだ。俺は、夕食から一口も口にしていない。そりゃ、昨日の夕飯から続いて中華料理ばかりの一日だなんて気分良くないし。

「あれ、それって手作りの豆腐だったり?」

 さすがソルト。鼻がいい。期待を裏切るのは若干ながら可哀想かなと思ったので、作りおきしておいた豆腐を加えることにした。材料を鍋に突っ込んで、ガスコンロとともに居間へ。


 いつも誰が来るとかは確認していない。それがいけなかったというのは、後で知ることになる。後悔先に立たず。この諺を身をもって実感しているところだが、ひとまず大勢の中の一人としているのでどうにかなるだろうと希望的観測を打ち立てた。

「ソルト、穂積とクレイズは呼ぶなって言わなかったか」
「え、いるんだ?」
「気付けよ」

 穂積彼方。金髪にオッドアイ、赤い鉢巻をした美形。制服そのものを着ておらず、浴衣を改造したような、なんとも奇妙な服装をしている。タマキ・クレイズ。銀髪、銀目、こちらも制服ではなくお洒落な軍服をきっちりと着こなしている。二大変人と言っても過言ではない二人。なんでいるんだ、コイツら。

「あ、ハニー!」
「楓!」

 絶対零度で睨みあっていた二人が同時にこちらへ向く。俺を発見したときの喜び具合とかも同じとか、お前ら気が合うんじゃないの。溜息が出たって仕方ないはずだ。

「帰れ」

 とりあえず、頭痛の原因を追い出すことにする。自分が盛大に顔を顰めているだろうことは鏡を見なくても分かる。周囲の顔が全て青ざめたというのに、二人は意に介さずに抗議してきた。

「なんだよ、いいじゃんか。高等部に入ってから楓の料理食べてないし」
「ボクがハニーの手料理を食べなければ、誰が食べるんだい?」
「お前が食べなくてもオレが食べるからいいんだよ」
「キミ、ハニーに嫌われているの分かってないの? 明らかに避けられてるじゃない」
「てめぇこそ、容赦なくすげなく追い返されてるじゃねぇか」
「あれは、ハニーの愛がこもってるんだからいいんだよ。キミなんか相手にすらされてないでしょう」
「ハッ、あれを愛って表現できるなんて狂ってんじゃねぇの? ってか、前から思ってたんだけど楓のことハニーっていうのやめろよ、楓は女じゃねぇ」
「ああ、ボクは楓くんに狂ってるさ。ハニー? 仕方ないじゃないか、彼はボクの未来の奥さんなんだから」
「……人間の丸焼きって、どんな味がするんだろうな」

 手の中に小さな炎を生み出しつつ、張り付けた笑みで呟けば、二人は同時に口を閉ざした。仕方ないので、二人にデザート用に作っておいた杏仁豆腐を入れたタッパーを渡して、玄関へ追い立てる。
 その間、どこか焦ったように嬉しそうにタッパーを抱えながら、文句を言った二人だが、最終的にはおとなしく出て行ってくれた。デザート効果ってやつだろう。


 夕食も終わり歓談も強制終了させ、残るはソルトと自分だけ。まるで、高級マンションのように広い寮の部屋は二人で使うことになっている。ソルトは、俺の同室者だった。

「風呂上がったぞー、楓……?」
「ん…」

 いつのまにか、眠っていたらしい。肩を揺らされ、イケメンの顔が、どアップに。思わず裏拳を放ったところで、同室者だということに気付いた。

「楓、人がせっかく…」
「悪い」

 最近、前にもまして追いかけられているせいか、穂積と勘違いしてしまった。ソルトと穂積は全然違うタイプなのに。容赦ないな、と言っているが、俺よりもしっかりついている筋肉を見て問題ないと思う。俺は、近くに置いてあった着替えを手に浴室の扉へ向かった。なんで、俺には筋肉がつかないんだろうと不満に感じて、手をかける。それは、自然で普段と変わらなかった。

「楓、誰と間違えたんだ?」

 何気ない空気で尋ねる声を聞くまでは。

「……いつも煩いクラスメイト」
「違うな、それは俺だ」

 なんだ、自覚あったんだ。俺みたいに偏屈なやつに近づくようなのは、ソルトみたいに俺の内面をよく知るヤツ以外にはいない。術の特性ごとに分けられたクラス、炎華では、俺は炎帝と呼ばれている。炎華の中で、一番の威力をもつ術を持っていることと、冷淡な性格から来た渾名というのは、よく分かっていた。

「穂積だよ。今日もいたから分かると思うけど」
「そうか……なぁ、なんで避けてるんだ?」

 そうやって言われるから、穂積の名前を出したくなかったんだ。後ろからの声には、お前ら二年前までは仲良かったろう、そんな言葉が含まれている気がした。だけど、それを答えるには知られたくないことまで話さないといけない。俺は、結局何も反応しないまま風呂へ入ることにした。


 教師の言葉が頭を通り過ぎていく。恐ろしいほどの眠気が襲ってきていた。昨日の夜ふかしのせいだから、仕方ないと思うけど。さらに、今の時間が苦手な教科だということもある。他の術の仕組みを知らなきゃならないってのは、よく分かる。戦闘になったら、相手が同じ術を使うとは限らないし。そもそも、五大術の中で同じ術を使う相手に会うことは、珍しい。想華みたいに集めてるなら、別だけど。

「で、聞いてるのかな。穂積彼方!」
「あだっ」

 角で殴ることはないよなぁ。そう思って、担任を見上げる。そこには、笑顔だけど眼が全く笑っていない黒髪の教師。

「今日は、炎術の仕組みを説明していた。それはなぜだと思う?」

 これは、しっかり答えないと容赦なく凍らされる。この人に容赦なんて言葉はない。いつもオレの馬鹿騒ぎを止めるために動いてるんだ、身にしみて分かっている。

「えっと、相手の技をどうにかできるように」
「半分正解。あと半分は、自分も使えるようにってことだ」

 それぞれの属性というものがある。想華に入学する際、生徒は属性を調べられる。人間には、もともと五つの属性が含まれているが、それには強弱が存在する。その中で一番強い反応を示す属性を主に使う術の属性に据える。オレがいるクラスは、雷(らい)華(か)ノ壱。雷術を使う生徒ばかりを集めた中でもトップクラスのものだ。ちなみに、他には風(ふう)華(か)、炎華、水(すい)華(か)、地(ち)華(か)。言葉通り、それぞれの名前を冠した術を使う。また、属性一つに四クラス存在し、数字が少ないほど能力値が高い。

「お前は、ただでさえ風術、雷術以外はからっきしなんだ。しっかり聞いておけ」
「了解…」

 反論すれば、教師の水術の餌食になることぐらいは分かっていた。

「おはよう、彼方」
「ん、はよー」

 今が昼時だって? そんなこと関係ないね。だって、オレってば昼寝してたし。隣の席のやつに譲ってもらって座った彼女は、リサという名前のクラスメイト。雷術に関してはトップクラスなので雷(らい)后(こう)の渾名を持っている。それに、グラマーな美女のため我がクラスでは姫扱い。他のクラスへ行ってもアイドルのような存在であることに変わりはないけど。

「ライグス先生にあてられちゃったねー」
「そうなんだよ、オレが昼寝するぐらいどうだっていいじゃんか」
「よくないよー、だって他の属性を知ることは必須だってリサも思うよー」

 口調は、まぁアレだが、なんだかんだで結構真面目だ。外見は、遊び人風なので余計そのギャップは強い。

「そうだ、リサが炎術とか教えてあげるよー。彼方、才能あるしすぐにできるようになると思うんだけどなー」

 彼女が強いのは、雷術はもちろんだが炎術もだった。その他の属性は至って普通の成績だが。他の術が全く揮わないオレからすれば十分なんだけど。

「いや、いいよ。炎華に知り合いいるし」
「あ、知ってるー。炎帝でしょー」
「おう、友達さ」

 向こうは、そう思ってないかもしれないけど。楓に避けられているということは、十分知っていた。


 午後の授業の最中、校庭に知り合いの背中を見つける。体操着に着替えていて、今は体術を習っているらしい。二人で組を作り取っ組みあっている。ああ、羨ましい。あいつ、オレに変われよ。勝手に楓の腕とかに触んなっての。あ、よく見たらソルト・アカザキだった。楓の幼馴染で、楓と並んで炎華の花だった。楓は、よく分かってないみたいだが、アイツは綺麗だ。すっきりした顔立ちに光の強い瞳が印象的で、言動はどこか冷淡でもきちんと周りのことを考えてくれる。こげ茶色の長髪は一つに結ばれているが、これをほどくとまた印象が変わる。もともと楓は背が低くて細いから余計になんだけど、中性的な印象になる。対して、ソルトは男らしい顔立ちの不良だ。逆立てた黒髪に青メッシュ、着崩した制服で、喧嘩っ早い。そのくせ、面倒見がいいせいでチームの総長なんてものもやっているらしい。
 あ、笑った。ソルトが珍しくすっころんだせいだった。ナイスだ、ソルト。でも、いいなぁ、オレにも笑ってくれないかな。二年前までは普通に笑ってくれてたのに。理由は分からない。ある日突然避けられ始めた。理由を聞きたくて、一度だけ無理に抑えつけて聞き出したけど。それは、正直オレにとっては死刑宣告も同じだったし、あれは本音じゃないと信じたくなるような言葉だった。
 また、聞いてみようか。この前、無理やり部屋へ押し掛けて行ったときに、嫌悪感丸出しだったけど最終的にはデザートを分けてくれるなんて優しさを見せてもらったし。本当に嫌いだったら、楓は口より先に手が出るから。久しぶりに食べた楓の手料理は、本当においしかった。もう一度食べたいと思うぐらいに。


 寮の自室の前に立つ女の子を見て、ようやく約束を思い出した。『放課後、屋上まで来てください』と女の子らしい可愛い便箋に丸文字で書かれていた言葉。今日は、まっすぐ帰らずにゲーセンに行ったから、すっかり忘れてた。たぶん、約束をすっぽかされたことは分かってて、自室まで来たんだと思う。

「あ、彼方くん」
「……悪い、すっかり忘れてて」
「ううん、いいよ。それより、今ここで話したいこと言っていいかな」

 正直に嫌味な理由を告げたのにも関わらず、あっさり許して彼女はそう言った。おとなしそうだから、たぶん……文句言えないんだろうな。諦め癖っての? 逆らうより楽だから状況に流される性格みたい。とりあえず、このままだとオレは部屋へ入れないので了承の返事をした。

「あのね、わたし彼方くんのことが好き、なんだ」
「そうなんだ、ありがとう」
「だから、その…付き合ってほしいって思ってるんだけど…」

 やっぱりか。なんとなく纏う雰囲気で何が言いたいかぐらいは検討がついてた。だから、オレの返答はワンパターンなもので。

「ごめん、オレ、君をよく知らないし…付き合えない」

 彼女は予想していたらしい。そっか、そうだねと呟いて苦笑して。頭を下げた、オレに。

「雷帝さん、気持ち聞いてくれてありがとうございました。それじゃ」
「え、や、こちらこそ…?」

 頭を上げるタイミングで顔を見せないためか、くるりと軽やかに反転し、帰って行った。なんとも不思議な子だ。


「ねぇ、まだうろちょろしてるの?」

 その言葉にフラッシュバックしたのは、二年前のあの日のこと。
***
 彼方とソルトと三人で馬鹿騒ぎをして、教師にこってりと絞られた帰りのこと。

「なんで、うちの教師どもはあんなに頭が固いのかねぇ」
「彼方がやりすぎなんだよ。あれじゃ、怒るのも当たり前だぞ」
「ちっげーし、オレは正当な青春を行ったにすぎないね! つか、ソルトだってノリノリだったじゃん」
「否定はしねぇよ。楽しかったし」

 三人で笑い合っていた中、響いたのは俺の端末からの着信音で。慌てて取り出せば、新着メールが一件。知り合いの女子からで、何の感慨もなく開いてみる。

「っ!?」
「楓?」
「どーした、楓」
「なんでもないよ。あ、俺さ、忘れ物してきたみたいだから一旦戻る。二人とも先に帰ってて」

 二人は怪訝そうにはしていたが、有無を言わせずに俺は踵を返した。
 そうして辿りついたのは、今は使われていないプレハブの建物。もとはクラブハウスだったらしく、いくつもの部屋があった。その中の一階の一番端。そこが指定された場所だった。

「ちゃんと一人で来た?」

 夕闇に包まれつつある中、電気も通っていないそこに立つ一人の少女。どんな顔だか分からないが、この学園の制服を着ているからおそらくは生徒だろうと見当をつける。俺は、その言葉に首肯して問いただした。

「だけど、いきなり何の用かな。俺は君にアドレス教えたつもりはないんだけど」

 立ち姿から想像して知り合いとは違う人物だと確認する。彼女は、そうねと同意しただけだった。

「じゃぁ、暗くなっちゃうと物騒だし。単刀直入に言うね」

 どこか優しげな相手に諭すような口調。それなのに、どこか狂ったような音程を俺の耳は拾う。

「もう、雷帝に近付かないで」

 一気に気温が低下した。静かに怒る少女は、ただ平坦に俺の度肝を抜いた。

「知ってるんだから、貴方が―――化け物だってこと」

 確信を持った糾弾が続く。いやにはっきりと聞こえてくるそれは、真実を示していた。茫然とするまま、浮かび上がってきたのは疑問。

「どこで、知ったんだ…」
「あら、否定しないの? 貴方の無様な様が見れると踏んでいたのに」
「そんな声で言われたら、否定できない」

 いや、したとしても意味がない。嘲笑い一蹴されるが落ちだ。

「そうね、貴方の親から聞いたのよ」

 渋るかと思っていたが、意外にしっかりとした声音で答えてきた。親。そうか、彼らなら。どうやら、この少女はよほどの金を持っているらしい。でなければ、あの金の亡者らが教えるものか。

「だから……「近づくな、だろう?」

 セリフをわざと遮ったことで彼女は目を見張った。自分がいやに冷静だということに気付いたようだ。嫌悪感をむき出しにして睨みつけてくる彼女。劣っているはずの存在に、優良な点を見出したのが悔しい、そんな表情だった。だが、自分の優位を思い出した彼女は、口元を歪めると宣言した。

「そうよ。今後一切、彼に関わらないでちょうだい。できそこないなんだから」

 できそこない、という言葉に万感がこめられているようだった。


 伝説の中でさえもめったに登場しないものがいる。いや、詳しく伝えられているのが一例だというだけで、もしかしたら多くの寓話に登場するできそこないや怪物の中に同じようなモノは存在したのかもしれない。
 アンドロギュノス。またの名を両性具有。雌雄同体の身体を持ったモノ。伝承においては、地獄の王だけがアンドロギュノスだったと記されている。雌と雄の部分を同時に持った存在なので、彼の子孫は彼自身の精子と卵子から生み出されている。ただ、それは伝説だ。架空なのだ。実在なぞ、するはずがなかった。
 ざぁーっと体を流れていく透明の液体。するりとすべって足元の穴に吸い込まれる。ふと目に入った自分の小さな男性器に触れる。男にしては小さすぎて、女にしては大きすぎるそれ。そして、その奥には――未熟な割れ目。入口に十分な広さを持たないそれは、以前一度だけ使用されて中は十分な長さがあると知っていたし、時折訪れる月のものは、自分の女の部分を自覚せざるを得なかった。

「化け物……」

 夕方に少女に言われた言葉が蘇る。シャワーが流れる中、冷たい何かが零れた気がした。
 親友を、自分の女の部分が欲する彼を、避け始めたのは、その翌日からだった。



以前、書いていたものを再掲。矛盾点がいっぱい見つかる不思議。学園設定にしようか、国の兵団の中での出来事にしようか迷っている。とりあえず、両性の話が書きたくて書いたもの。
設定だけが一人歩きしています。

鬼灯楓
雌雄同体。自分がどちらなのかよくわからないでいる。本当は彼方を好き。本人の葛藤とか劣等感にうんぬんかんぬん。炎が突出している。仕組みは理解しているものの、他の術は扱えない。

穂積彼方
楓に急に邪険にされてイライラ。楓と話したい。なんで楓は笑ってくれなくなったんだろう。一緒にいたいのにとか考えている。でも、恋愛の自覚なし。ソルトとは、よく話す。雷の能力がとても強い。他は成績が振るわない。からっきしとはいえ、初級の術程度ならなんとかできる。

ソルト・アカザキ
不良っぽい見た目のおかん。楓の幼馴染。彼方と楓、どちらの気持ちも知っているからこそいろいろ言いたい。全体的に優秀。

タマキ・クレイズ
銀髪銀目の変態紳士。フェミニストだからか、楓に異常に優しい上に変態行動に出る。普段はキリッとしている。平均的にいろいろできるが、風が突出している。
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