maskingtape

020

 ひくり、と喉が鳴る。声の主は、泰正の半歩後ろに立っていた。
 ふわりとした栗色の髪に、女性に騒がれそうな甘い顔。俳優ばりの秀麗さに、息をのむ。そのくせ、青いユニフォームの下は、服の上からでもわかるほどしっかりとした体躯だった。

「ねぇ、誰って聞いてるんだけど」

 柔かな声が泰正に向けて放たれる。にっこりと優しげな笑みをはいて、女性なら蕩けてしまいそうな声。しかし、どこかとげとげしい。優しくて甘いのに、どこか冷たいのだ。一歩出てきた彼に、太一の肩が跳ねる。

「お前には関係ないだろ」
「関係あるよ。大事なチームの練習の中で、急に抜け出しちゃうぐらいなんだから」
「それは、――もう少ししたら戻るって。ちょっと話すだけだから」

 一瞬喉をつまらせ、それでも反抗的な言葉を返す泰正。少年は、埒が明かないと思ったのか、柔かい笑みを浮かべて、太一の方を一瞥する。

「――ッ」

 ひゅっと、喉が鳴った。この人は、怒っている。鋭い視線に、太一の足が後ろへ下がる。

 怒りの炎が渦巻く、丸いヘーゼルの瞳。淡い色なのに、強烈な感情があった。いや、薄いからこそ、その中にある血潮が煮えたぎって見えるのかもしれない。

 笑顔はカモフラージュだ。声にも表情にも出ていない本音が、その目から強く感じ取れた。

「あ……、練習の邪魔してごめんなさい。偶然会っただけなので」

 泰正くん、ごめんね。また今度会おうね。視線をそらして、少年の怒りに気付いていない泰正に目を合わせる。眉を顰めて拗ねたようだった泰正は、また今度会おうねと口にしたところでようやく踵を返した。

 ほう、と一息いれたところで、耳慣れない声が後ろからかけられる。

「なんだ、きみは、普通の人じゃないか」
「え」

 振り返ると、泰正のチームメイトはまだそこに立っていた。にこにこと親愛を込めた笑顔を浮かべている。ただし、視線はどこか固い。それでも、笑顔の奥にあった色は、今は形を潜めている。

「普通……って」

 それよりも、彼の言葉が気になった。きみは、と太一だけを区別している。あの場にいたのは、太一だけではないのに。

「気にしないでください。ああ、名乗ってなかったですね。僕は竜崎翔太。十津川とはチームメイトなんです。よろしく」
「いえ、俺も、名乗ってませんから。……菊井太一です」

 差し出された手を握り、マスクの下で社交辞令の笑みを浮かべる。苦笑気味になっていたことを自覚していたせいか、少し視線が下に落ちる。あの目に、また濃い色がのっていないか、怖くて見ることができなかった。

「菊井くんか。すごく優しいんですね。それとも――」
「はい?」
「いや、なんでもない。それじゃ、僕も練習に戻るよ」

 頑張ってください。竜崎が言いかけた言葉に首を傾げながら彼の背中を見送る。同じ青いユニフォームの高校生たちが、二人を出迎えていた。
 優しいんだね。そう言ったあの少年の顔が脳裏を過る。目を細めて唇の端をほんの少し持ち上げて、ぱっと見た風では微笑んでいるようにしか見えない。それでも、その顔はどこか強張っていた。なにかを押し殺していたような、そんな顔だった。
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