maskingtape
019
まだ春は先だというのに、額に汗する彼ら。ころころかわる表情も相まって、まさしく青春といったところか。学生といえばイメージされるそのものだ。つられて教室の風景が浮かんだ瞬間、名前を呼ばれた。
「ひゃいっ!?」
焦りすぎて声が裏返ってしまい、耳が熱くなる。紙マスクと帽子があってよかった、と心底思い、落としかけた買い物袋を握りしめた。
「やっぱり、太一だ」
泰正くん。気付けば、目の前に立つ、見知った笑顔の持ち主。汗が太陽光に反射しているせいなのか、なぜだか彼が眩しい。
次の言葉が紡げないでいると、なにを思ったのか、ぐしょぐしょになったユニフォームを無造作に掴み顔を乱雑に拭く。下に肌着を着ていないらしく、綺麗にわかれたシックスパックが見えてしまった。ボディビルダーのようなはっきりとしたものではないが、うっすらと割れ目が見えている。実用的なそれは、自分のものと違い、なんだかかっこよく見えて羨望を覚えてしまった。
「ええと――太一、もしかしてここから家近い?」
会うとは思わなかった。いつも練習してるんだけど、こんなこと初めてだ。このあと、コンビニ行こうと思ってたんだけど、まさかここで会えるなんて。
そんな言葉が矢継ぎ早に飛んでくる。立て板に水のごとく、流れていくそれに、ちょっと待ってくださいと大きめの声で遮ってしまった。あまり早いと、会話についていけない。言葉を伝えるのが遅い太一にとっては、その早さは致命的だった。
「……あ、うるさいとかそんなんじゃ」
ぴたりと止まった言葉の洪水に、驚かしてしまったと慌てて訂正をいれようとして、気付く。
首を傾げてこちらを伺うように紙マスクの下を見つめた表情が、少しだけ笑みを浮かべていた。例えるなら、犬が主人を前に次はなにしてくれるのと見つめてくる、そんな表情。
「どうかした?」
小首を傾げる泰正。整った顔立ちは、普段は鋭いくせに、今はどこかあどけない。きりりとした顔は、日本犬の狼のようなかっこよさを思い出させた。そして、近所の柴犬が見つめてくる、かわいらしいおねだりの視線も。
「え、え、なんで笑うんだよ。俺、何かした?」
「ううん。あれ、俺、笑ってた?」
思いきり首を縦に振る泰正。目元しか見えない状態なのになぁ。そんなにわかりやすかっただろうか。同僚にも見破られた気がするので、感情が表に出やすいのかもしれない。叔父やほかの仕事仲間たちに気遣われた件も連想してしまい、気をつけようと心に決める。感情を素直に出しすぎてしまうのは、少々いただけない。なんといっても、心配をかけてしまうのだから。
「ねぇ、十津川。その人、誰なの」
ふと別の声が割り込んできた。