逃走劇

010

 逃げた先に奴の手。さらにその先にも奴のキラキラフェイス。そんな状況が始まってたぶん数分。肩で息をするようになって、目に見えて攻撃がかするようになってきた。

「いい加減っ、諦めたら、どう、ですかっ!」

 最後の一撃で、手首を掴まれた。やばいやばい、みしみし音がするんですけど。王子ってば俺がどれだけ頑丈だと勘違いしてんの。恐竜の皮膚だって硬いっていっても限度があるんだぞ。

 王子を睨む。逆に冷え冷えビームを当てられた。これぞ悪役の微笑み。

「さて、抵抗せずに…」

 王子が定番の台詞を言い終わる前に轟音が響いた。力が緩んだ瞬間、咄嗟に王子の向こう脛を思い切り蹴って距離を取る。王子の色っぽい悶絶する声を背に駆け出した。向かうは準備室の扉。

「いた」

 そこには、予想通りに仁王立ちした怪物さん。空色頭の彼は、指を鳴らして構える。うひぃ、これ捕まったら命の保証ない気がする。

「ほいほい、こんにちばいばい」

 大きく開いた足の間、あえて動きにくい内側へ走り込んでスライディング。今ならたぶん盗塁王になれるね、俺。野球部のエースの座狙っちゃおうかな。いつも助っ人頼まれるから、大歓迎間違いなし。やったね、野球部監督。メンバーが増えるよ!

 盛大な舌打ちと床を踏みしめるいくつもの音が追いかけてくる。
 さて、次はどこに隠れようか。

 きーんこーん

 六時のチャイムが鳴り響き、全員の動きが止まる。杉の木の天辺近くで、俺はセミよろしく幹に張り付いていた。登ろうとしていた王子と、その足を掴んで降ろそうとする怪物さん、跳躍の準備運動していた猫さん、頭を抱えていた鬼さんそれぞれが人形のようだ。カラフルなヤンキー人形。誰がほしがるだろう。女子か。見ているうちに目が痛くなった。癒しを求めて空を観察。お、あの雲、母がよく呑む焼酎の瓶みたいじゃないか。

 かーんこーん…

「暁信夫争奪戦鬼ごっこ第一戦目、時間終了しましたぁ。参加者の皆さん、さっさと戻ってきやがれくださぁい」

 ノイズとともにレフェリーの声がスピーカーから聞こえてくる。いつのまに放送室乗っ取ったんだろう。放送委員会に入っている同室くんの真っ青な顔が脳裏に浮かぶ。やつらめ、周りの迷惑を考えて行動しましょうね。

「暁くん、いつまで蝉のつもりなんですか。早く行きますよ」

 猫さんと怪物さんがすでにだらだら校門に向かってる中、根元の側に立つ王子が声をかけてきた。実は世話好きなのか、王子なのに。

「それは君が勝手につけたあだ名でしょう。僕にはれっきとした名前があるんです」
「いいじゃん、王子。けちけちしないで」

 金持ちのボンボンは、銭をばらまくことこそ本業。たぶん違うけど。するすると危なげなく木から降りてあと少し。王子、邪魔です。

「君は、猿みたいですね」

 身振りでどいてもらい、一回転して着地した。そうしたら、王子から、ため息をつきつつ言葉を頂戴する。

「動物を喩に出すとは、お主…実はアニマルマニアだな」
「訂正します、君はどこからどう見ても減らず口を叩く人間だ」

 違ったらしい。肩をすくめて王子も校門へ向かう。鬼さんは、まだ頭を抱えてた。何がどうしてそんなところで彫像しているんだ。流行りか。

「……なにしてんだ、暁」
「鬼さんの物まね」

 さっき、王子から猿と言われたのだ。だから、反省猿をしようと思いまして。うっきー。アイアイを唄ってみる。鬼さん、今度は震えている。マナーモード機能付きとか、素晴らしいな。

「ッく…お前は、相変わらず変だなぁ」
「褒め言葉ですね、ありがとう殴りたい」
「本音が出てるぞ。…まぁ、いいや。とっとと帰るとするか」

 そうでした。早く帰らないと同室くんの絶品ハンバーグを食い損ねてしまう。
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