逃走劇

009

 どうやら、冷え冷え王子は、きらきら王子でもあったようだ。染めたのか天然なのか、金髪が太陽光に反射して目に痛い。目つぶしして俺を捕まえる作戦か。そうか、そうなのか。

「逃げないんですか?」

 笑っているのに笑ってない。特に目が獲物を見定める猛獣だ。美女と野獣に出てくるイケメン役がぴったりだろう。

「もちろん、逃げます、よッ」

 彼から目を離すことなく、手で探り当てたものを投げつける。まともに入るとは思わないが、一瞬の視界さえ奪えればそれでいい。

「なっ…まて…ッ」

 放置されている跳び箱の後ろ、開け放っておいた小窓に飛びつく。後ろから派手な物音がするが、振り返る余裕はない。明り取り用か、空気を循環させるためなのか、横に細長い窓。身長順に並ぶと前から三番目の俺でさえきつい。

「ぷはっ」

 懸命に這い出て、転びかけながらも走り出す。クラウチングスタートの練習がここで役立つとは。今度、陸上部の顧問にお礼を言っておこう。生死の分かれ目でクラウチングスタートのおかげで生き延びることができました。先生喜ぶね、間違いない。

 出入り口から通常通り出てきただろう王子が追いかけてくる。見なくてもわかる。なんといっても冷え冷え王子の冷気は、夏場なら一家に一台ほしいぐらいなのだ。残念ながら、我が家は間に合っている。冷蔵庫は二台もいらない。

「っとぉ!?」

 全力で校庭から理科準備室へ滑り込んだ。途中森みたいになった場所を通り過ぎてから入ったここ。とにかく道中一番入り組んでて奥の方かつ出入り口が分かりづらい。隠れる場所候補その二である。だがしかし、体操選手よろしくポーズを決めた眼の前にきらり輝く金髪がありました。あれ、森っぽいとこで撒いたはずでは。

「予測して先回りするぐらい簡単ですよ」

 にっこり。これぞ王子スマイル。けれど目が笑ってないから恐ろしい。これぞ冷房入らず。けれど、入るまで気付かないとは。俺、これでも気配には敏感なんだけど。だからこそ、今までいろんな面倒事から逃げられた。鬼さんの気配だってわかるし、肉食獣の気配だって、というのは言い過ぎたかもしれない。

「もしかして王子は、どこかの漫画であった霊圧を操って誤認させるとかそういう超能力も真っ青の能力の持ち主なのか」

 ぴしゃーん、雷を背負って気付いたことを言ってみた。王子の笑顔がひきつった。残念、不正解。

「頭のおかしい子なんですかね、君は…」
「そう思うなら追いかけるのやめましょー」

 変人変態には近づかないのが一番です。平凡は巻き込まれたら大変なのです。ひとまず避けるべきなのです。

「それを言うなら、君は平凡のくくりから離れると思いますが」
「異議あり。アイアムヘイボン」

 全校生徒の中に紛れたら絶対わからない。探し出すのは至難の業。それぐらいには俺の平凡さは突き抜けてる。いや、溶け込んでいる。突き抜けたら平凡じゃなかった、危ない。

「まぁとりあえず。捕まえられてくださ、いッ」
「うひゃー」

 王子の突然の攻撃。情けない声しか漏れない俺の視界は、天井を映し出した。真正面から捕まえにきた手が見える。そして、もう片方の白い腕がそのままのけぞっている俺の首を狙いに来た。両手をついて片足を勢いよく蹴り上げる。狙いは、王子の目。ぎり、と呻くような声が聞こえた気がした。手応えがなく通り過ぎた足の勢いを殺さず、一回転した。ジャネーズがよくやってるバック転というやつだ。平凡がやってもかっこよくはない。天地が正常に戻ったところで、王子の追撃。

「くっ、そ…ッ」

 鬼さんほどではない。それでも、先読みしているのか攻撃というか避ける先、避ける先へ王子の手が伸びてくる。ちょっと厄介だ。
 息が切れてくると体が小さい分、こっちが不利だろう。どうにかして振り切りたいものだが、いかんせん王子がしつこい。しつこい男は潰したくなるって母さんが言ってたな。そのときは、物騒だよって母さんに言ったけど、俺も母さんの血筋のようだ。手足折れないかなって思う。折ろうとしないのは、あれだ。父さんの血だ。逃げ癖の。
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