maskingtape
016
「ずいぶんご機嫌だな」
デジャブを覚える台詞を投げかけられ、太一は、隣を見た。年上の同僚、内田が、帰り支度を終えてそこに立っていた。
「そ、そんなにわかりやすい、ですか……」
「まぁな」
そう言って、彼は太一と肩を並べる。同じ時間に帰宅が可能になったとき、彼と太一は一緒に帰ることがある。交友関係の広い彼にとっては、仲間内の一人程度だろうが、そういった機会が少ない太一にとっては、貴重なものだった。
「この前は、ぼうっとしていたから心配だったけど。それはもう解決したみたいだな」
「はい。ご心配おかけしまして」
これで三度目だ。
監督、ほかの仲間、そして同僚。それぞれから、心配する声をかけてもらった。
あまりにぼんやりしていたからだろう。迷惑をかけまいと、口にしなかったことが裏目に出たようだ。親身になってくれる仲間に感謝してもしきれない。小さくありがとうございますと呟いて、隣の彼を見上げた。
「……そういえば、内田さんって、サッカーやったことありますか?」
「ん? ああ、二十代のころにちっとだけ」
引き締まった体つきの彼は、確かに何かしらのスポーツをやっていたといわれても納得できる。若い頃に、そういった基礎ができていたからこそ、今の仕事でも楽々と作業をこなせるのだろう。
「そうなんですね。サッカーのルールって知ってますか?」
「ルールかぁ。引退した俺よりも、甥っ子に聞いた方が早いだろうな」
なんだ、サッカーに興味が出てきたのか、菊井は。俯いてばかりの若者に、健全な趣味ができたのだろうか。観戦でも、実践でもいいが、いかんせん内田は、今はなにもしていない。ルールも、どんどん変わっているだろう。サッカー観戦は、テレビの前で、ワールドカップをかじる程度でしかない自身よりは、と親戚の名前を出した。
「へぇ、甥っ子さんがサッカーを?」
「ああ。ちょっと前までユースでプレイしていたんだぞ」
「あ、それ知ってます。プロ選手を育てるための施設とか制度のことですよね」
小学生、中学生、高校生といくつかの年代にわかれて、それぞれサッカーに興味がある子供たちを集めて英才教育を施す。それが、ユースだ。
プロ選手になるには、いくつかのやり方があるらしいが、プロ選手を囲っている組織が運営しているクラブに入ることも、道の一つである。小学生から中学生、中学生から高校生、また高校生からプロ選手への道は、かなり厳しいものらしい。昇格試験というものがあるのだとか。