逃走劇

008

 そして、翌日の放課後。開会式ではないが、簡単な自己紹介をされた。

「キャットの白金紫音でーす。平凡くんよろしくねー」

 適当に見えてしっかりセットされているであろう紫頭の彼が、けたけた笑いながら名乗り上げる。キャットって、そのままじゃん。と思ったら、横で鬼さんが適当につけたんだとさと呟いた。鬼さんはサイコに転職した方がいいかもしれない。

「次は僕ですね。フィドルの小金井徹です。暁くんはいただきますから」

 少女マンガばりの完璧な王子オーラを出しながら微笑んだ金髪さん。二次元っぽい人は巣に帰ってくれ。猫さんもわりと細身だけど、こっちの人は女性っぽさが強い。でも、狩人の目だ。こっちにロックオンされてて背筋がぞくぞくして仕方ない。冷え冷え王子と呼ぼう。

「…海道大地。グランだ」

 今度は、上にも横にも大きい空色頭さんだった。空色って優しい色のはずだが、なんだか恐ろしい。どう考えても似合ってないのに違和感がないのは、男らしくワイルドに整った顔のせいだろう。後頭部の半分ぐらいがトライバル模様刻まれてて厨二病全開なのに。これだからイケメンは。

 というか、鬼さんも含めると見事なまでにカラフルで俺の目がピンチ。赤色、空色、金色、紫色ってなんだよ、この原色どもめ。どこの二次元ボーイだ。就職するなら黒に戻すんだぞ。でも、全員黒髪だろうが原色だろうが似合うんだろうなぁ。これだからイケメンは。あれ、これ二度目じゃないか。

「というルールでやるわけだが…ちゃんと聞いてたか、暁」
「嫌だなぁ、どう見てもちゃんと聞いてたでしょ」
「そういう風に見えねぇから言ってんだよ、テメェは…」

 軽く溜息をつきながら言われた。ひどい。泣き真似してみたら、猫さんがシキひどーいと同調してくれた。快楽主義はどこまでも。

 ただ、冷え冷え王子は僕も見えなかったなぁと言って鬼さんに味方してた。空色頭の熊さんも無言で頷く。そんな! 俺、平凡なのに。とか言ってみるけど、鏡を見るとこいつ何も聞いてなさそうとはよく思うので仕方ない。

「とりあえず、茶番は置いとけ。そろそろ時間だからな」

 鬼さんが校舎に取り付けられた大時計を示す。校庭に集まったカラフルな頭たちの熱気が増したようだ。クレムのメンバーばかりではなく、それぞれの幹部たちが大集合しているらしい。この学校、近所で噂の的にならないかな。

「暁」
「平凡くーん」
「暁くん」
「…ちび」

 四人がそれぞれに俺を呼び、スタートだと微笑んだ。肉食動物に狙われる気分を味わいながら、俺は走り出す。狩人が歩きはじめるまでは一分しかないのだ。


 鬼ごっことはいえ、最初は隠れんぼみたいなものだった。童心に帰ったように鬼ごっこする不良ども。うん、微笑ましい。そこに俺という平凡が入るだけでなんとも殺伐とした雰囲気となるのはなぜだろう。格の違いかな。

 少々固いベッドに横たわって、同室くんから頂いたおやつを取り出す。ほかほかお米にべたついてない海苔。一口で半分ほど頬張って、誰もいないからこそ某芸能人の決め台詞を借りた。おかかおにぎり超美味い。ただし。

「埃っぽいのは難点か」

 ここは、俗にいう体育倉庫という場所。ついでに旧という文字付きだから、隠れんぼに最適だよねっていう。そのせいか、まったくもって掃除されてないんじゃないのってレベルで埃が積もってる。埃っぽいどころじゃなかった、訂正。

 一週間開催される鬼ごっこ。先生も含めた全校生徒に多大な迷惑をかけつつ行われるそれは、毎回六時で終了となる。そして、今は五時半。もうあと三十分で鐘が鳴って俺は夕飯にありつけるわけだ。どっかに隠れてやり過ごすことにした俺って頭いい。

「…つまんね」

 かれこれ一時間はこうしている。おいおい、お前らそれでも頭やってんのかよー。つまんねーぞー。

「それを言うならちゃんと逃げてください」

 柔らかいのに冷たい声が降ってきた。
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