maskingtape

014

 最後の一口を、口にほうりこみ、手にしていた包み紙を、間においてあるゴミ袋へ入れる。

「あの、泰正くん」

 夜色の瞳が、こちらを捉える。緊張したような面持ちで、彼は、太一の様子を伺った。

「ありがとう。すごくおいしかった。コーヒーまでもらっちゃってごめんね。今度、何かおごるよ」

 こくん、と頷く泰正。首振り人形のような動きだ。どうしたのだろう。首を傾げて、もうひとつ言わねばならないことを思い出す。

「あと、ごめんね。コンビニ、なかなか行けなくて」
「いや、いいよ。もともと、約束してたわけでもねーし」

 固い声で、苦みが混じった笑顔。いいよ、という言葉は、諦めにも聞こえた。

「でも、待ってたよね。こうして、俺が買いたいなって思ってたもの、覚えててくれるぐらいには」
「それは、まぁ」

 頬をかいてそっぽを向く。思ったよりもかわいらしい反応に、太一が考えていた以上の好意を向けてもらえている可能性に思い至る。

 事情を細かく話すことはできないけれど、嘘をつくこともできない。主人を待つ犬のような、あの表情をしていたのかもしれない彼が、コンビニの前で佇む様子を思い浮かべてしまい、一人笑う。マフラーに吐息がかかって、ただでさえ狭い視界を塞いだ。

「あのね、俺、人混みが苦手なんだ」

 正確に言えば、人と対峙することが苦手だ。人が多ければ多いほど、息が詰まる。最近は、収まっていたというのに、ぶりかえしてしまった。原因は、すぐに思い浮かべられる。だが、泰正には関係のないことだ。その部分は伏せて、ただ苦手であり、どうしても難しいのだと伝える。

「もちろん、耐えきれないほどじゃないよ。本当に病院が必要になるほどの異常にはならない。けれど、心臓をちくちくと刺して、ぎゅっと締められるような感覚。それがずっと続くんだ」

 失敗だったかな。説明を続けて、ちらと隣を見る。明るく流せればよかったのに、結局重くなってしまった。これなら、きちんと理由も含めて話してしまった方がよかったかもしれない。それでも、それを話すには、少々勇気が足りなかった。

 泰正は、口元に手をあてて、何かを考え込んでいるようだった。太一から注がれる視線に気づいたのか、ふっと顔をあげる。濃紺の夜色は、静かだった。

「それじゃあ、俺は、どうすればいい?」

 ひどく真剣な表情を浮かべて、彼は、そう尋ねてきた。目を瞠り、言葉に詰まる。

「あ、ごめん。普通は、自分で考えろってことだよ、な。考えられるもんな、それぐらい」

 そう言ってから、彼は視線を下げる。角度がかわってしまい、目元が暗く、太一からは何も見えなかった。

「でもさ、その――俺も、苦手、みたいなんだ」

 人混みが苦手ではない。けれど、泰正も、人と対峙することが難しい、と言う。
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