maskingtape
008
「なんていうか、すみません……」「え、なんで、あんたが謝るんだ」
「いえ、先日のことで。改めて、よくなかったなぁって思いまして」
合点がいったようで、彼は、目を丸くした後に頭をかきながら、こちらに向き直る。いや、そのな。と続けて
「この前のことは、もういいって言ったじゃん」
もう、謝罪もお礼も終わった。全部片付いたことだ。そう言って、彼は笑った。一点の曇りもない笑みは、太一に向けられている。
「だから、というかさ。せっかくだし、名前、教えてくんない?」
初対面というわけでもない。あれから、何度も会っている。名前は知らないけれど、知り合い程度にはなれていた。顔を見れば、その人だとわかるというのは、案外、親近感を覚える。太一が言うはずだった台詞を、彼が口にする。それを聞いて、自身と同じ感想を持っていたことに驚き、じんわりとした熱が胸に灯った。
「あ、そう、ですね。ええと、俺は、菊井太一っていいます。二十四歳で、その、左官やってます」
マフラーの間から、ぽろりとこぼれる言葉。こんな、プライベートにおいての自己紹介なんて、いつぶりだろうか。交流が少ないことを如実に感じ取れてしまう自己紹介のぎこちなさに、彼は、肩を小さく震わせた。
「俺は、十津川泰正。十七歳、高校生だから、敬語いらないっすよ」
トツカワタイセイ。名前を口の中で繰り返す。特徴的な名前に、どんな漢字を使うのだろうか、と考える。
「まさか、年上とは思わなかったんで、その、敬語してなくてすみませんっした」
上から落ちてきた台詞に、泰正を見る。気恥ずかしそうにして、これから怒られることを知っている子犬のような、そんな目をしていた。
「ふふ。別に、気にしてませんよ。そっちの方が話しやすいでしょう?」
「まぁ、な」
「だったら、気にしないでください」
「それなら、太一も、敬語やめてくれよ。俺の方が年下だしさ」
「わか――わかった」
目が合って、破顔一笑。上気した頬が、冷たい空気に晒されて、どこか痛そうだ。時計を見れば、そろそろ帰る時間。泰正も、また同じく時計を見ており、また目が合う。
「もう、こんな時間だね」
「あっという間だな」
「じゃあ、また今度」
「ああ、またな」
大きな背中を見送り、太一は、彼と別方向へ足を進めた。