maskingtape

007

 彼から答えが返ってこない。不思議な間に、地面に縫い付けられていた視線が、彼へと向かう。

 苦虫を潰したような顔。うずまく夜色。あのときと同じ表情だった。だが、こちらが顔を見ていることに気付いたのか、崩れた笑顔を浮かべる。

「サッカー、やってたんすよ」

 過去形。触れてはいけないことだったろうか。
 そうなんですね。と返して、言葉が続かなかった。サッカーの知識がまったくない太一にとっては、彼が好きだったスポーツ以外の情報がない。一体、なにがあったのだろうか。ただ、初対面から進歩した程度の間柄で話すことではないことなのは、確かだ。

 突然訪れた沈黙に、食べ物を咀嚼する音だけが響く。お互いが話さない間も、今までにあったけれど、この沈黙だけは、どうにもいただけない。横たわる重い空気に、喉が乾きそうだ。生唾を飲み込み、スープを飲み干す。

「――あ、あの」

 なにか話題を。そう思って、思い出したのは、先日の一回り年上の同僚の言葉だった。

 昼休みの現場。弁当のおかずを片手に、次に何を買うかを考えていた。そのときに、「最近機嫌がいいな」と話しかけられたのだ。職場の仲間内で、もっとも社交的で軟派なタイプ。昔は、やんちゃをしていたと言わんばかりの派手な髪を乱雑にまとめて、コンビニ弁当を脇に置いた。太一にも気兼ねなく声をかけてくるので、太一にとっては、とても話しやすい人だった。同僚の何気ない言葉に、最近よく会うコンビニの彼のことを伝える。まるで少女漫画だな、と苦笑しながらも、仲良くなったことを心底嬉しそうに聞いてくれた。その中で、一言。

「そういえば、名前、聞かれてましたね」

 名前、知らないのか。
 心底驚いていた同僚の浅黒い顔。横に立つ、目を丸くした彼を見つめながら、そういえばどことなく目元が同僚に似ているな、と感じた。夜色の目が、マフラーに埋もれた太一の姿を映し出したまま、すっと細められた。

「さっきの、聞こえてたんだ?」

 一瞬のこわばりの後、浮かべられた苦笑。あからさまな話題転換に、ぎこちなくのってくれている。少し早口のそれは、すべるように先ほどのやりとりを話し出した。

「あの店員さん、初対面なのによく言ったよ。営業中に客の名前を聞くって、なかなか積極的というか。俺は、ちゃんと仕事してくれって思ったけどさ。自分に自信があるタイプなんだろうな。俺、ここ使いづらくなっちゃったよ」

 続けられる言葉に、はっとする。好意的な態度、というのも、全てがよいわけではないのだ。適切な距離感があるのだろう。

「かわいい人、でしたけど――」
「小綺麗にしてたな。……けど、俺は、なんていうか、別にいいって思ったっていうか」

 うらやましい環境ではあるけれど、そうは思わない人もいるのか。改めて太一は、自身の行動を振り返る。邪険にされたことは、確かだ。それでも、関わった。悪い印象を持たれても仕方ないことなのに。
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