maskingtape

006

 ぶぅん。横にあった扉が開く。彼の前に会計した客が、通っていった。暖かい風が吹き抜け、光とともに店内の声が聞こえてくる。

「キャンペーンやってるので、よかったら」

 女性店員ならでは、と言えばいいのだろうか。上擦った声が、はっきりと耳に届く。対する彼の反応は、よく見えない。

「あ、あの――もし、よければ名前教えてください」

 思わず振り返ってしまった。しかし、自動扉が、目の前で閉じる。頬を赤らめながら話す店員は、かわいらしい見た目の女性だった。あんな風に声をかけられたら、誰だって教えたくなるような、そんな人。きっと、答えるだろう。

 あんな風に名前を尋ねられるなんて。すごい人だな。異性どころか同性とすら会話することがままならない太一からすれば、雲の上の出来事だ。好意的に受け止められて、興味をもたれる。それって、一体どんな心境なのだろう。名も知らぬ人々からの熱は、どんな心地がするのだろう。ぐるぐると想像すらできない虚像が、ひっきりなしに脳裏を駆け巡った。

 赤く染まった床。落ちる声。楽しそうに笑いあう。扉の向こう側に――意識的に瞬きをする。過去の映像を追い払う。足に力をいれて、軽く足踏みをした。鉄のプレートが入った安全靴が目に入る。学生のころとはまったく違う武骨なそれに、大きくため息をついた。

「どうしたんすか」

 聞き覚えのある声に、慌てて顔をあげる。店から出てきた彼。不思議そうにこちらを覗き込む。
 なんでもありません。と、笑えば、彼は首を傾げながらも今日の戦利品の話をしだした。

「昨日は、大雨でしたね。行き帰りは濡れませんでしたか」
「大丈夫っす。走ればなんとかなる距離なんで」
「そうですか。それは、よかった。俺は、結構降られちゃいました」
 天気の話をしながら、再び足下を見る。少年の方を見れば、いつものロゴ入りスポーツシューズ。
「その靴って」
「アディダス。デザインがすきでさ。機能もいいやつなんだぜ」
「へぇ……。スポーツ用ですよね。いつも履いてますけど、なにかされてるんですか」

 言いながら、先ほどのレシートを思い出す。そこには、彼とよく似た靴を履いているキャラクターがいた。あれは、スポーツ関連のキャンペーンだっただろうか。普段意識しない情報は、記憶に残らない。袋に突っ込んだままのレシートを手に取ろうとして、ふと気付いた。
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