maskingtape
003
今日も疲れたな、と全身に重みを感じながら雪道を歩く。晴れていたが、積もっていた雪はさほど減っていない。表面が溶けたらしく、一歩一歩に力が入る。自然と下を見ながら歩いていたとき、既視感を覚えた靴が視界に入った。有名ブランドのロゴが入ったスニーカー。記憶の元を思い出せないまま、通り過ぎる。「なぁ、ちょっと待てよ」
強い力で肩を引かれて、蹈鞴(たたら)を踏んだ。ずれたマフラーを巻き直しながら、改めて相手を見やる。
切れ長の涼しげな目元にシャープなラインの顔立ち。そして、夜を閉じ込めたかのような濃紺の瞳。そこで思い出したのは、無理やり渡した食べ物とカイロ、そして泣いたような彼の姿だ。今は、コートにマフラー、手袋としっかり防寒されている。足下のスニーカーだけが、あのときと同じだった。
「あれ、先週の……?」
「そう。シチューパイとカイロ」
白い息が流れて、青年の柔らかな微笑が少しだけ苦みが混じる。先日とは違う、どこか晴れやかな表情を見て、脳裏に記憶が溢れた。
先ほどまで忘れていた、「やらかした」記憶が、実感を伴って次々に思い出される。
初対面の人間に「寒そうだから」という理由で、使いかけのカイロを押しつける。その上、食べ物までわざわざその場で買って目の前に置いていったのだ。いらなければ捨ててもらってかまわない、という台詞とともに。
おせっかいだという認識は、頭の片隅にあったはずなのに、行動は節度を守ったものではない。身勝手にもほどがある。もう二度と会うこともないだろう、と無意識に考えていたのだろう。勝手な振る舞いができるのは、そういう意識がどこかに潜んでいるからこそだ。
「突然押しつけてすみませんでしたっ!」
鮮明に蘇った記憶は、正直恥ずかしさで埋まりたいほどだった。表情が晴れやかになってよかったなぁ、とほのぼのしている暇はない。
「その、酔っ払っていたから、という理由は、よくないんですけど、ええと、すみませんでした……」
そう言ってもう一度深く頭を下げれば、慌てたらしい青年の声が落ちてくる。
「まぁ確かに突然だったし、びっくりしたけどさ」
ほら。とんとんと肩を叩かれ、反射的にあげた目線の先には、小さなビニル袋。背に立つコンビニの店名がプリントされたそこから、湯気が立っている。手渡された中身を見れば、シチューパイとプラスチックフォーク。そして、未開封のカイロだ。