maskingtape

002

 そのままだと、風邪ひきますよ。そう続けて、手袋の上に乗せて、よく見えるように差し出す。ポケットからでてきたのは、先ほど開封したばかりの使い捨てカイロだ。声が聞こえなかったのか、顔すらあげない相手は受け取ろうという素振りも見せなかった。
 ぼんやりとした頭で、聞こえなかったのかもしれないと考える。見当違いの予測のまま、彼は、失礼しますね、と真っ赤に染まる耳と腕の隙間に落とし込んだ。

 その瞬間、青年の肩が大袈裟なほどに跳ねる。

 それに驚いた太一は、足を滑らせて尻餅をついた。バランスを崩したまま、青年に向けて声をかける。

「す、すみません! あ、熱かったですか」

 熱かったんですよね。すみませんでした。その、とパニックになりながら言い募るうちに、低い声が響いた。

「いい加減にしてくれ。あんた、空気読めないのかよ」

 軽くぼやけた視界を拭った先には、青年が、腕を組んだ先から目元だけを覗かせていた。切れ長の涼しげな目がきっと睨みつけてくる。瞳は、吸い込まれそうな深く濃い色をしていた。
 夜。なにもかもを飲み込む色。濃いそれには、ライトによって、幾重にも星が浮かんでいた。

「綺麗な目……」
「は?」

 太一のとんだ発言を聞いて、思わずといった具合に青年は顔をあげた。
 彼は、その目元同様、シャープなラインに、絶妙なバランスで男らしい端正な顔の造りだった。何重にも巻きつけたマフラーの奥でぽかんと口を開けてしまう太一。そういった反応が慣れているのか、青年は再び眉間に皺を寄せた。先ほどよりも深く刻まれ数も多い。

「わ、す、すみません。初対面の人にジロジロ見られたくないですよね」

 張り付いていた視線をどうにか下へ持ってきて、太一は謝罪する。先ほどから謝罪の言葉しか口にしていないことに気付いた。繰り返される言葉は、人を苛立たせるだろう。そう思って、そのことを謝ろうとして、どうにか言葉を飲み込む。

「別にいいよ。慣れてるから」

 反射的に青年の顔を見てしまった。視線が合う。黒い目に渦巻く何か。先ほどの星は、角度のせいか、消えてしまっている。暗く深いそれに輝く色が映えていた先ほどまでの印象は、星が消えてしまったことで、一層その「何か」を強調しているように見えた。ぐるぐると渦巻くそれは、彼が今日ここにいる原因なのだろう。太一が何かを察したと気付いたらしい青年の目が、こちらを睨んだ。

「だから、構わないでくれ」

 震えを無理に抑えた声音。拒絶の字面なのに、縋るように聞こえた。あの夜色に見えたものは、太一自身にも覚えがあるものだった。そこは、とてもいたくてくらいだろうに。夜色の目で睨まれ、太一の視線が彷徨う。ふとショーウインドウの向こう側がよく見る内装だと気付く。

 気付けば、コンビニの袋を差し出していた。中には、湯気を立てるシチューパイとプラスチックフォーク、おしぼりまで揃っている。

「迷惑だと思うなら、食べないで放置してください」

 戸惑った表情の彼の正面に、袋を置く。おせっかいだとわかっていたから、返事は聞かなかった。
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