harmoney

003

 いつか、どこかで聞いた音を元にシンセサイザーを利用して作ったお気に入り。たったワンフレーズのそれは、聞くたびに不思議と心を落ち着かせてくれた。鞄を探る手がふと止まる。

 え、と声を伴わないで零れた呼吸音。

 二つの電子音がぴったり重なって同じ曲を奏でていた。絡み合ったそれが、懐かしい記憶を呼び起こす。

 偶然立ち寄った小さなライブハウスで、アマチュアバンドの演奏を聞いた。カラフルな頭をした彼らは、楽しげに腕を身体を動かして音を楽しんでいた。その中心にいたのは、優しげな笑みを刷いた目をした少年。今、店内で楽器を演奏している彼だった。

 ガラスの向こう側。あの頃よりもずっと背が伸びて、装飾品をいくつか増やしている。それでも、その面影は、気付かなかったことが不思議なほど色濃く残っていた。

 小さく高音を伸ばして手元の電子音はふつりと消える。それでも、記憶が反響するような不思議な高揚感は静まらずに、彼へと視線を釘づけにしていた。



 たん、と店舗のガラスの前に立つ。磨き抜かれたそれは、彼が拭いているのだろう。いつ来ても店舗内で見かけるのは、彼と店主の女性ぐらいだった。

 あのときのボーカルだと気付いてから足を運んだのは何度目だろうか。今日も、退屈そうにあくびをしてレジ周りの商品を並べ替えている。聞こえてくる、かすかな声を聞きながら彼が機敏な動きで仕事をこなす様子を見る。この時間は、どうも眠くなるらしく、彼は目覚まし代わりに忙しなく体を動かしていた。軽く伸びをして、店内の楽器類を物色する。ソプラノサックスに手を伸ばしたり、クラリネットの部品を眺めたりして、楽しんでいた。

 今日は、弾かないのかな。あと数分で、レッスンが終わる。店主に内緒でいじっているようで、彼は店主がいない隙を狙って、よく楽器に触れていた。

 この間のように、楽器を手にして演奏する様子は、あれから二度ほど見かけることができた。どちらも、あのバンドで演奏していた曲。一分程度の曲を弾き終えて、簡単なアレンジを即興でつけては、満面の笑みを浮かべていた。そのときの、とても楽しそうな表情が、脳裏から離れない。

 どうしてなんだろう。そういった疑問は、次の瞬間には淡く溶けてしまった。
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