harmoney

004

 張りのあるアルトが耳をつんざいたのだ。店内を見やれば、派手な身なりをした女性が二人。冬が近いのにも関わらず、ショートパンツから伸びる肌色が目にまぶしい。あれで、外を歩いて寒くないのだろうか。

 二人の女性客は、ひっきりなしにグロスが塗られた唇を動かしながら楽器を示す。展示されているものに軽く触れつつ、視線がふと止まった。

 そして、忙しく立ち働いていた彼に、話しかける。笑顔で答えた彼は、さりげない動きで、彼女たちをカウンターまで誘導した。ここから、彼らの会話を聞くことは出来ない。ただ、彼も彼女たちも会話を楽しんでいる様子だ。ぐ、と唇を噛む。

 ふと、綺麗に巻いた髪を背中に流した女性が、綺麗に彩られた指先をカウンター奥の看板を指差した。

 ほう、とガラスが白く染められる。

 ボイストレーニングの文字。店主の手によるものだろう、金釘流で描かれた文字は、踊るように跳ねていて、情熱をもって指導しますという声が聞こえてきそうだ。

 彼がそれを見て、得意げににやりと微笑んで、バインダーを取り出す。中身は、竹内も見せて貰ったことがある、ボイストレーニングのレッスン内容だ。彼女たちは身を乗り出してバインダーを覗きこむ。しかし、どちらかというと視線は、彼の方へ向かっていた。気付いているのかいないのか、彼は微笑んで口を動かしている。

 なぜか胸の奥が痛んだ気がした。ネックウォーマーを抑えていた手で、胸元を撫でてみた。気のせいなんだろう、そのあたりだけ熱い。

 かすかな斉唱を耳で拾って、気付く。彼女たちは、歌うことも話すこともできるのだ。竹内が失くしてしまったものを持っていて、店内で彼と相対することができる。

「いいなぁ…」

 ぼとり落ちた声は、掠れて不明瞭な発音で、何を言ったのか自身の耳でも聞き取ることが出来なかった。

 羨望が多分に交じった声とも音ともつかない呼吸。唇を噛みしめて、喉に手を当てた。ウォーマーの奥にある固い感触。竹内の言葉だ。これしか、取り戻す方法がなかった。不満だらけの、不完全な言葉。ぎり、と歯が鳴る。

 微笑む彼らの間に、竹内が立つことはない。それ以上、見ることができなくて、彼はネックウォーマーに顔を埋めた。
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