出生と過去


双熾と話をしないまま1日が過ぎた

それもそのはず、名前は昨日から部屋を出ていないのだから

残夏と喧嘩をしたことが一番堪えていた

「…謝らなきゃいけないけど…」

なんとなく気まずい。

日はすでに傾いていて

「散歩でも行きますか」

フードをかぶると部屋を出た



・・・・・

乗っていたエレベーターが六階で止まる

「あら、珍しいわね。1人?」

「ちょっと用があってな。」

双熾がついて回らないなんてどんな用なのかしら?

「双熾には内緒なの?」

図星だったようで彼女は慌てたように言った

「べ、別に御狐神くんに秘密で買い物に行くわけじゃない!」

「ふーん、でも時間的に危ないよ。明日にすれば?」

なんてわかりやすい子だろう。これで素直ならかわいいのにな…


「どうしても今日中に必要なんだ。」

「…そっか、じゃあ私がついていってあげるよ。」

チンッとエレベーターが止まる音がした


「ほら、行くよ。」

エレベーターをおりると凜々蝶は後を追いかけてきた

「ま、待て!僕の用事に君を付き合わせるわけには…」

「こういう時は素直についてきてもらえばいいの。」

「だけど…」

凜々蝶はすこし小走りになっていた、歩くの早かったかな?


歩幅を合わせると凜々蝶は言った

「あ、ありがとう。」

それが歩幅になのか買い物になのかはわからないが


「どういたしまして、今度私にもコーヒー淹れて。」

「な!視たな!」

「視えちゃったんだもーん。」

たまにはこういうのも悪くない




凜々蝶は意外と繊細で優しい子だという印象を受けた。言動だけだとそうは思えないが実際に話してみて名前はそう感じた

コーヒーのフィルターを買うと2人は喫茶店に入っておしゃべりをした

「それで双熾にコーヒーを淹れてあげるんだ。」

「…他のパートナー達みたいに近づきたいんだ。」

凜々蝶は恥ずかしそうに俯いた

「気にすることないんじゃない?凜々蝶達には凜々蝶達なりの付き合いかたがあるし。周りと同じじゃなくてもいいと思うよ。」

「あ!」

凜々蝶がカップを置く

「どうしたの?フィルターなら買ったでしょ?」

「初めて名前…」

「べ、別に…気分よ。」

名前は頬をかいた

「君の事も教えてくれないか?」

「え?」

「僕は君の事を知りたい。」

凜々蝶は真っ直ぐに名前を見た

「…何が知りたいの?」

「生まれとか、好きな食べ物とか…僕は名前の事を何も知らない…だから、」

名前はアイスティーのおかわりを注文した


「私の話は長いわよ?」

凜々蝶は薄く笑ってコーヒーのおかわりを注文した

「ふん、望むところだ。」






「苗字家は代々歴史に名を残すような人間を輩出してるの。医者に政治家、科学者とか。でもね、本体は裏側の組織なの。金融系とか医療も含めて苗字が関与してないものはないぐらいね。」

名前は本当に色々な話をした

家の事から始まり好きな食べ物嫌いな食べ物、生まれてから今まで

「家庭環境はあまりよくなかったわ。母親は私を産んですぐに病気で亡くなったし、父親は家柄上仕事に命をかけていたわ。私も色々な人に狙われるから部屋から出ることもできなくて…」

淡々と話す名前に凜々蝶は違和感を感じた


「…寂しくはなかったのか?」

「寂しいわけないじゃない、周りや父の事は左目を通して視えていたし。でも部屋から出られないのは退屈だったわね。」

名前はふふっと笑った

「部屋にトイレもお風呂もついていたし食事も運ばれる…欲しいものはなんでも手に入ったわ。私に欠けていたのは人とのコミュニケーションや一般教養。」


名前はちらっと凜々蝶を見た



「…私は六歳の時に人を殺したの。」

「…え…?」

「私の世話係だったわ。食事を運んできた所を刀で…」

「なんでそんなことを…」

名前はアイスティーを一口飲んだ




「…自由がほしかったの。」

美味しい食事に綺麗な服

たくさんの本にお人形

私のまわりにはなんでもあった

でも何にもなかった

あるのは無機質なものだけ

人の温もりも

心も

なにもなかった。




「私は家を飛び出してメゾン・ド・章樫にたどり着いた。ずっと行きたかった、望んでいた場所…」

「…望んでいた?」

「私は今まで生きてきた記憶をすべてもっているわ。私は転生するたびに妖館にいくの、そこは私にとって大切な場所だから…」

名前はちらっと時計を見た

「…時間は平気なの?双熾が心配するんじゃない?」

「大丈夫だ、御狐神くんは僕が部屋にいると思っているからな。それより君は大丈夫なのか?」

「私はいつもだから…そうだ、この話もしようかな…」

名前はフルーツタルトを頼んだ

「天狐の左目はすべてを見透かすのは知ってるわよね?私はある人を守るためにその能力を使っているの…」

その人に害のあるものを排除するのが私の望み。

「…ある人って、まさか…」

できることなら言いたくなかった

他人に弱いところなんて見せたくなかった

でも、もう時間がないから。


「…双熾よ、御狐神双熾。あなたのSS…」

凜々蝶は目を見開いた

「私は彼の命を脅かす妖怪を殺す。それが彼にできる唯一の償いだから…」

「償い?」

フルーツタルトが運ばれてきた

「私は昔…ずっと前に彼の人生を終わらせてしまった。」

名前は凜々蝶の額に手をあてた


・・・・・

「お前が…お前が……を!」

「だったらなに?オレを殺す?」

「許さない…許さない!」

そういったものの私の負けは確定していた

私は敵に囲まれていたから

「絶体絶命なのに強気だなぁ…仲間になるなら見逃してやるよ狐ちゃん?」

「ふざけんな!」

敵が私に襲いかかろうとする

もうだめだ、私は死ぬんだ。

そう思った時

「名前さま!」

双熾は当時私のSSだった

「ここは僕に!#name#さまはお逃げください!」

双熾が刀を構えて背中合わせになる

「これは私が蒔いた種…自分でなんとかするわ。」

「主人をお守りするのがSSの役目…あなた様なくして僕は存在しないのです。」

「…馬鹿な事言わないで、私はここで死ぬの!それが……のためにできる事!」

「ふざけないでください!……のために生きるのでしょう?」

「!…そんなんじゃ…」

「…お逃げください名前さま。」

振り返った双熾は悲しいぐらい穏やかに笑っていた


「でも…」

「ここで立ち止まっていてはいけません名前さま…彼との約束を守るのでしょう?」

「…ごめん、双熾!生きて!また戻ってくるのよ!」


・・・・・

「…今のは…」

「私の記憶。」

凜々蝶から手を離し名前は言った

「彼、とは誰なんだ?」

「…わからないの。」

名前はフルーツタルトにフォークをさした

「記憶が崩れかけてるの…彼が誰かも思い出せない。あの時どうしてあの場にいたのかもわからない…どうして双熾をSSにしたのかも…!」

フルーツタルトは崩れてしまっていた

「名前…」

「だからね、難しい事を考えるのは止めた。双熾を守るのが今の私の存在理由…SSをつけないのもそれが理由。」

名前はタルトからフォークを抜いた

「今日の事は双熾には秘密ね。」

名前は席を立った

「ごめんね、もう行かなくちゃ。1人で帰れる?」

「ふん、見縊らないでもらおうか。」

「そう…じゃあまたね。話を聞いてもらったお礼に手合わせはなかった事にしてあげるわ。」

「…そうか、気をつけるんだぞ。」

名前はそのままどこかへ行ってしまった


彼女も闇をかかえていた

御狐神くんの事を名前で呼ぶ理由もわかった

でも、


御狐神くんのために命をかけることは何か違うと思う

そんなことをしても御狐神くんは喜ばない



「御狐神くんは、忘れてしまっているのだろうか。」

そうだとしたらあまりにも名前が可哀想だ。

「聞いてみるか。」

明日コーヒーを飲む時にでも聞きたいと思った。

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