あれから毎日、一日に何度も、七松さんはこへいたとスキンシップを取るために私の元にやってきては「こへいたに会わせてくれ!」と腕を引っ張り水練池に連行して行った。

こへいたも「またか!」とか言いながら必死に七松さんを追い返すし、でも七松さんは諦めないし。ハイドロポンプで六年生の長屋まで飛ばされたときはまじで死んだかと思ったが、何故か善法寺さんの上に落下してた。なんで二人とも死んでないの。


仕事を中断させられる度に小松田さんにご迷惑をおかけしている気がする。いや、多分小松田さんに迷惑かけられまくってるし、たまには、いい、かな………。

そういえば小松田さんはとんでもないドジッ子だ。小松田さんのドジと善法寺さんの不運はどっちの方がやばいのかと先日真剣に悩み出してしまった。

私のしゅうさくはそんなことない。すげぇ優秀な子なのに…。

この間書類整理中に墨壺を引っくり返したときは大変だった。書類は真っ黒になるわ、散らかる書類で足を滑らすわ、「今日は大人しくするから側にいたい」と珍しく隣で寝ていたとめがその騒ぎに目覚め、「翔子に迷惑かけてんじゃねーよ!!」と小松田さんの背中にタックルかますわ。そこへ来た吉野先生は何も言わず頭を抱えて保健室に行かれるわ、本当に凄いことになった(その後とめはしっかり叱り、結局食満さんに預けた)。

だからたまには七松さんに拉致されてもいいかとは思っていたが、最近頻度がますます上がってきている気がする。




「……」

「そんなこと言わんと、仲良くなろうよ」
「!」
「違うって。あんたを捕まえるために七松さん来てるんじゃないんだって」
「……」
「違う違う私もあんたを手放す気なんてさらさらないよ」


夕方、もうちょっとで多分夕飯の鐘の音が鳴ると思う。

ちょっと時間が空いたのでたまにはふたりきりでお話をしようかな、と一人で水練池に来た。とめは相変わらず食満さんと遊んでいるみたい。あとで迎えに行かないと。

池に向かってこへいたを出す。また七松さん襲来かと勘違いしたこへいたはゲンナリしたような顔をしてボールから出てきた。お前そんな顔できるのね。相変わらず口開いてるけど。


「今日は七松さんいないよ」
「…」
「またその話?ねぇ、本当に違うの。本当に七松さんは貴方と仲良くしたいと思ってるだけなのよ。
とめも、もんじろうも、せんぞうも、ちょうじも、いさくも、皆が皆に懐いているから、七松さんは自分だけ同じ名前のこへいたが懐いていないのが悔しいとか、そういう理由で会いに来てるんじゃないのよ。こへいたを我が物にしたいから来ているのも違うし、私が七松さんにあんたを譲り渡そうと思っているのも違う。

心からこへいたと仲良くなりたいなって思っているから、あぁやってこへいたが追い返しても何度も会わせてくれって頼みに来ているのよ。

だからあんたもいい加減に心を開けなんて横暴なことは言わないわ。でもね、七松さんは本当に貴方と仲良くなりたいと思ってるだけなの。そのちゃんとした気持ちだけは解ってあげて?」

こへいたの好物になった食堂のおばちゃん手作り卵焼きを口に放り込んで、私はこへいたの顔を撫でた。



こへいたは、七松さんが嫌いなんじゃない。多分、困っているのだ。



今までこへいたは、厄介者として、疫病神のような扱いを受けてきた。「この湖から出て行けー!」とか、「怖すぎるー!」なんて言われて生きてきて。それでやっと私と旅を始めて平穏な生活が始まるかと思いきや、バトルに出してしまえば誰も彼もが恐怖に身体を震えさせる。

あぁ、自分は何処に行っても結局そんな存在なんだな、と思い込んでしまっているんだ。



それなのに、あの七松さんの、あの態度。


笑顔を見せるわ抱きつくわ、終いには「友達になってくれ!」と叫ぶわ。心が通わないとポケモンの声は聞こえないが、人間の言葉はポケモンには伝わっている。こへいたはそんな七松さんの態度に困惑しているのだ。

どう対処していいか解らない。だからとりあえず追い返す。でも、


「本当は、仲良くしたいって思ってるんでしょ?」
「…」


こへいたは根は優しい子だ。知ってる。
ちょっと目を離している間に、とめさんが濁流の川に足を滑らせ流されかけたとき、自らボールから飛び出て助けてくれたことがあった。

本当に、心は優しい子なんだ。


「ねぇ、素直に謝ったら七松さんはきっと今までの行いを許してくれるよ?あの人も凄く優しい人だもん。」
「…」
「あれは仕方ないことだよ。見ず知らずの人間が友人に近寄ったら誰だってあぁいう態度とるでしょ」
「…」
「……ね?七松さん呼んできてあげるからさ。一緒に遊ぼう?」

しゅるりと腕に絡むこへいたのおひげをにぎにぎしながら、こへいたの顔を撫でる。



『その必要はなーいッ!!』


「ぎゃああああ!!!」
「!?」

水練池の周りの森の何処からか、七松さんの声が聞こえた。え、何処にいるの!?


『おい!こへいた!私と勝負をしよう!今から夕食の鐘が鳴る前に、私はお前の頭に乗るぞ!そしたら私と友達になってくれ!これからいっぱい、いけいけどんどんで仲良くなろう!』


突然の宣戦布告である。こへいたは何がなんだかわからないまま水練池へと潜り姿を消した。ここはそこそこ深いらしい。

「よう翔子!」
「うわぁ!七松さん!」

「私は、これでこへいたに会いに来るのは最後にする」

「…へ」
「これでダメなら、もう諦める!」

私の横に立つ七松さんは上着を脱ぎ、ストレッチを始めた。すると池が、もやもやと濁り始めた。あいつ、水底叩いてわざと濁らせたな!

「よし!ストレッチも終わった!飛び込みどんどーん!!」
「な、七松さん!?」

大きく息を吸い込み、七松さんは池へと飛び込んだ。ギャアァァ!と大きい声が聞こえる。こへいた逃げるのに必死か。


「くっそぉ!」
「七松さん!」
「もう一回だ!」


息継ぎに上がってきた七松さんは、まだも池へと潜水した。


「翔子さん!これは一体なんの騒ぎですか!?」
「!」
「あ、食満さん!とめさん!こ、これはですね…」

「おい翔子!今の叫び声は何だ!」
「な、なんで池がこんなに濁って…」
「これ、小平太の上着?」
「……もそ…」

ことの事情を話していると、六年生の皆さんが続々と集合してしまった。

「こへいたと、小平太が?」
「えぇ、七松さんはこれで最後にすると…」
「……そう、ですか…」

全員で七松さんがどうなるかと見届けている。嗚呼、池の中でこへいたが七松さんに攻撃していたらどうしよう。池も濁ってる、絶対傷に障る。

「な、中在家さん、」
「…心配するな……」

「でもそれならまずいね、夕食までもうあと何分もないよ」
「え!?」

日が落ちてきている。それに、七松さんが、あれから一度も息継ぎに来ていない。どうしよう、溺れちゃったらどうしよう!





ぷかり





こんなところで予想が的中して欲しくなかった。
七松さんが、池の真ん中に浮き上がってきた。


「い、嫌!七松さん!七松さぁん!!」

「お、落ち着いて翔子ちゃん!」
「離してください善法寺さん!!な、七松さんが!七松さんが!!」

七松さんが死んでしまう!

「…小平太なら、大丈夫……」
「へ、」

善法寺さんの腕を振り解こうと躍起になっていると、中在家さんが私の肩を叩いた。



「……!!」


「こ、こへいた!?」

ザバッ!と音を立て、出てきたのは七松さんの異常に気づいたのか、七松さんを頭に乗せ、水上から持ち上げたこへいただった。凄く焦った表情をして、こへいたは陸地にどんどん近づいてくる。


「七松さん!!」

「何だ翔子!」

「うわあぁぁぁあ!!」




生きてた。




「こへいた!私はお前の頭に乗っかったぞー!これで私たちは友達だー!なっはっはっはっ!!!」



「多分、小平太は……あれを狙って…いたんだと思う…」


ぽかーんとする私。六年のみなさん。そして、こへいた。こへいたは多分、ガチで七松さんが溺れたんだと思って急いで陸地に上げようとしたのだ。でも、生きてた。多分さっきのとめを助けた話を聞いていたのだろうか。

何が起こっているのか一瞬で理解できないこへいたはそのまま、頭にいる七松さんの声を聞いていた。


「お前は本当に優しいな!私が溺れたと思って助けてくれたのか!だが私は溺れてない!騙して悪かった!すまん!

でもな、私はお前の言葉はまだわからん!だが過去の話は翔子から聞いた!

私はお前の仲間を食ったりしない!でんぱがどうこうよくわからん話も、よく解らんからしない!お前を傷つけない!もう翔子を敵とは思っていない!翔子は私の友達だ!もちろん、これからはこへいたも私の友達だ!この学園の人間みんなと友達だ!

だが同じ名前だ!呼びにくい!こへと呼ぶ!異論は認めない!

私が勝ったんだから私とお前は、今日から友達だー!!」


大声で笑う七松さんは心底嬉しそうだった。


頭から降りて、陸上からこへいたを見上げる。

こへいたもその言葉と笑顔にやっと観念したのか、溜息をついて、七松さんへと擦り寄った。


そして心配そうに見つめていたほかの皆さんにも擦り寄った。皆さんも驚きながらも、こへいたの顔を撫でてやっていた。

嗚呼、やっと、やっとこへいたが、私以外の人間を受け入れた。やっと自分から世界を広げた。こんなに嬉しいことは無い。


「…本当に、良かった…!」
「よかったですね、翔子さん」
「はい…!ありがとうございます…七松さん…!」

「おう!細かいことは気にするな!」


こへいたも褒めないとと思って顔を向けると、こへいたは自分の身体から赤く輝く鱗を一枚はがして、七松さんに渡した。




「な、なんだ?」

「それ、こへいたの友情の印ですよ」

「!」


笑顔が消え、くしゃりと顔を歪めて七松さんが涙を流すと、学園の方から鐘の音が聞こえた。

やっと、夕食の時間らしい。













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「今日はこへと池で寝る!」
「は!?」

「!」
「お前も乗り気かよ!」

「行こうこへ!いけいけどんどーん!」
「!!!」


「気にするな翔子。忍者というのは池でも寝れるように鍛えられている」
「まじですか立花さん」
「こいつも池で寝るぞ」
「潮江さんも!?」
「やめんかバカタレ!変なこと教えんでいい!」

「!」
「だめー!もんじろうは池で寝たらだめー!あの二人が感電しちゃうー!!」
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