「はい、ちーず。」


──── ピピピ 。

枕元に置いてある携帯から鳴り響く聞きなれたアラーム音。何の淀みなく瞼を持ち上げて、世界を視界に入れる。日が落ちて暗くなってしまった室内、唯一光を放っている携帯へと手を伸ばし、アラームを切ってからひとつ伸びをする。諸々の身支度を済ませてから、雷蔵君にお願いして弄ってもらったばかりのトリガーを握り締めた。今夜は、二宮隊との合同任務だ。

二宮隊との合同任務は少しばかり緊張する。元A級部隊ということもあって実力があるだとか、隊服のせいもあって大人っぽくて落ち着いた雰囲気に見えるせいだとか、そういう事じゃない。二宮隊との任務を命じられること計数回、私はことごとく敗北し続けている。勿論、敗北と言っても任務中に何かしらの失敗をおかしただとかって訳じゃない。というか仮にそんな事したら土下座してるしお詫びとして焼肉を奢ってる。まあ、焼肉はお願いされれば失敗に関係無く連れて行くけど。では私が敗北している相手は誰か──そう、異性に対して免疫力皆無な辻君だ。年上の私に対しても真っ赤になってくれるのは喜ぶべきなのかどうなのか、ちょっと私には分からないけど、あの様子ではまともに会話が出来ない。私としては、いっそ荒療治役として名乗り出ても良いくらいなんだけど、流石に可哀想だと言う事でどうにかこうにか解決策を思案中、という訳だ。

今まで、それはもう色々とやらせてもらった。例えばトリオン体の胸を潰したり、髪の長さを生身の時よりもさらに短くしたり、お面を被ってみたり、いっそお菓子で餌付けしようとしてみたり、発声時に合成音声で男の人の声に変える〜なんて事までやってみたけど、全て惨敗に終わっている。ちなみに、これら全部雷蔵君に協力してもらっていたりする。トリガーを持っていくと、はいはい今度はどうすんのみたいな顔しながら受け取ってくれる。忙しいだろうに、チーフエンジニアの技術をこんなとこに使わせてごめんねとも思うけど、私としてはどうにかして辻君とも仲良くしたくて必死だったりする。


「トリガー、起動。」


今回は、もう色々と最終手段感があるし、一周回って女を捨ててる感もある。良い、良いんだ。辻君と平和に任務を遂行出来るなら笑い者になったって構わない。

ずり、ずり、と引き摺る音を響かせながら本日の担当場所、ボーダー本部から見て南南東に位置する地点へと移動する。道中、人を指差しながら腹を抱えて笑い転げる太刀川君に遭遇したけど流石に無視した。





「苗字 名前、現着しました。」
「了解しました。二宮隊、まもなく到着し……ま゛ッ、す。」


通信機から氷見ちゃんの声がする。声から察するに、こちらの姿はオペレーターの冷見ちゃんには一足先に認識されたらしい。私の仮装大会はもはや恒例なんだけど、今日はどうやら特に奇抜だった様だ。ん゛ッ、と言う声を最後に何も聞こえなくなったから多分ミュートにでもしたんだろうなあ。良いよ、氷見ちゃん。思う存分笑って。


じゃり、と砂を踏み締める革靴の音がした。振り返ると、闇夜によく溶け込むスーツ姿の三人組。私を見た時の反応はそれぞれ、無言で眉間に皺を寄せて頭を抑える二宮君、清々しい程の笑い声を上げる犬飼君、顔を真っ赤にして硬直する辻君だ。辻君の反応を見て、結局駄目か〜と思いながらも布に包まれて少しばかり不自由な掌を上げて、ひらひらと振ってみせる。駆け足で近付いて来た犬飼君が、綿がたっぷりと詰まっている尻尾をちょこんと摘み上げた。そう、先程迄引き摺って歩いていたそれだ。先の方は土が着いて汚れてしまっているけど、どうせ換装だから気にしない事にする。


「あっはっはっ、マジか!苗字さんその格好で此処まで歩いて来たとか、ウケる〜。完全に辻ちゃん狙いじゃん。」
「今日こそはー、と思ったんだけどその様子だと駄目そうかなあ。」


あー、おもしろ。何てひとしきり笑った犬飼君が、顔を寄せて携帯の内カメを向けてくる。あ、はいはい写真ね。いいよいいよ、お友達との話のネタでも見世物でも、好きに使って。今日のお姉さんは肖像権フリーだから。

「はい、ちーず。」

合図に合わせて、がおーのポーズをとる。両手を顔の横辺りに持ってくるあのポーズだ。なんでこんなポーズを取ったかと言うと、今日の私が怪獣だからだ。所謂着ぐるみパジャマと呼ばれるものを、きちんとフードまで被って着用しているし、袖も掌が出ないように完全に塞がれていてぺらっとした爪の装飾も着いている。辻君が恐竜好きと聞いてこんな格好を用意してみたんだけど、結局不発に終わってしまった。まあ、此処まで来たら何がなんでも今晩はこの格好でやり切るくらいの気持ちだけど。ぽちぽちっと、何やら携帯を弄りながら辻君の隣へと戻って行った犬飼君と入れ替わりに、二宮君がゆったりと近付いてくる。眉間の皺は健在だ。


「お前、今日の任務本気でそれでやるつもりか?」
「勿論。あ、心配しなくても大丈夫だよ。手が出てなくても大丈夫な様に、射手用のトリガーをセットして来てるから。」
「……何かあってもカバーはしないからな。」


はあ、と深めの溜息を吐かれてしまった。それでも、何だかんだ許してくれる二宮君って優しいよなあ、と思う。まあ、散々色んな格好を試してきたから今更って感じてるのかもしれないけど。


「ねえ、二宮君。」
「なんだ。」
「どうやったら辻君と仲良く出来ると思う?」
「本人に聞け。」
「お話してくれるかなあ。」
「……おい、辻。」


緑色の怪獣パジャマを見下ろしながら、少しだけしょんぼりしていると、フードの上から二宮君の掌が乗せられた。哀れまれてしまったのだろうか。犬飼君と一緒になって携帯を覗き込んでいた辻君が、二宮君の声で顔を上げた。自然と、二宮君の隣に居る私が視界の中に入ったんだろう、途端に顔を真っ赤にさせてどうしたらいいのか分からず汗を垂らしている。うん、こういう初心な反応が可愛らしいと思う。可愛い子は構いたくなる。この世の真理だ。でも、ここで間違えちゃいけないのは、意地悪と可愛がる事は違うって事。どんなに仲良くなりたいって思ってても、無理強いするつもりは無くて、だから別に、二宮君も辻君も、変に気を遣ったり何てしなくて良かったのに。

二宮君に呼ばれた辻君は、困ったように犬飼君を見た後、おずおずと此方に近付いて来た。辻君と揃って二宮君を見上げる。どうしたらいいのか分からないのは、私も同じだ。どう話し掛けたら怖がらせずに済むんだろう、にこやかな会話が望めるんだろう。こういう事は年上の私がリードすべきなんだろうなあ、でも変に緊張させたくないし。でも、辻君から話させるのは酷だ。その証拠に、二宮君が私の背をとん、と叩いた。少し離れた所に居る犬飼君が携帯を此方に向けている。カメラ横のランプが点灯してるから、動画か何か撮ってるんだろうなあ。私は気にしないから良いんだけど。


「えー…と、辻君がね、怪獣好きって聞いたんだけど、やっぱりこれじゃ駄目だったかな?」
「ぁ、や、その……あの、」
「あっ、無理しなくても良いからね。大丈夫だよ、ごめんね、犬飼君の所に戻っても…」
「あ、の…ッ、……か、かわ、…いい、と、思い、ます……すみません、」


所々声を裏声しながら、たどたどしくも伝えてくれた言葉が、表情が、余りにも可愛過ぎた。最近の男子高校生可愛い。汗をだらだらと垂らして、一礼してからそそくさと犬飼君の隣へと行ってしまった辻君の背中を見守りながら、隣に立っている二宮君の背中をぽん、と軽く叩く。


「……良い隊員持ってますね、二宮隊長。」
「やらんぞ。」
「あはは、まさか。辻君は二宮隊だから良いんでしょ?」
「分かってるなら良い。」
「二宮君も、良い隊長してるよねえ。」


一度、開き掛けた口を閉ざした二宮君。「ならうちに来るか」という言葉を、飲み込んだんだろう。それでいいと、思う。





「辻ちゃん、苗字さんの写真いる?」
「え、や、勝手に貰うのは苗字さんに悪いので。」
「じゃあいらないの?」
「…………欲しい、です。」
「おっけー。…苗字さーん!辻ちゃんが苗字さんと一緒に写真撮りたいってさー!!」
「犬飼先輩ッ!!!?」




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