三輪秀次は心配性。


私のトリオン体を影浦隊仕様に変えてくれると言う光ちゃんにトリガーを預けているので、本日のみょうじさんは生身でふらふらしてたりします。ちなみに、デフォルトでヘッドホンを付けて貰えるように光ちゃんにはお願いしてある。普段は首に引っ掛けてる感じで、必要時にはすぐ装着出来るように。そうお願いすると、「仕方ねぇなあ。ま、可愛い可愛いうちの隊員のためだからな、それくらい任せとけって!」と頼もしいお言葉を頂いた。でもまさか自分が"可愛い可愛い"という言葉を使われる側になるとは思ってなかったので、何だかこう、胸の辺りが擽ったい。今まで、トリガーの付け替えやらトリオン体の整備やらは殆ど雷蔵君にお願いしていたけど、これからは光ちゃんが全部やってくれるんだなあ、と思ったらとても感慨深くなってしまった。……いや、むしろ今迄チーフエンジニアにトリガーの調整をして貰ってたのってめちゃくちゃ贅沢だったのでは?ま、まあ、私と雷蔵君の仲だから!うん。今度何か奢ってあげよう。


という訳で、珍しく一日中生身で過ごすことになったんだけど、今とても困ってる事がある。私服でうろつく機会なんてあんまりないからと、うきうきでおろしたニットがハチャメチャに痒い。犯人は言わずもがな、首の後ろに着いてるあいつだ。なんだそんなことかと笑わないで頂きたい。本人からしたらそれなりにストレスを感じる程度には不快だったりする。でも、一目惚れして買ったものだから意地でも着たい…それに、着替える為にわざわざ部屋に戻るのは面倒臭い。たかがボーダー本部内の移動と甘く見ないで欲しい、とにかくもうすっごく広いんだから。その上、職員の居住区ともなると隅っこの方になるので、移動距離もそれなりだ。
と、食堂の椅子に腰を下ろしたまま、決して自分が極度の面倒臭がりという訳では無く、あくまでも一般的観点から見ても移動が大変なのだという言い訳を自分相手にしながらも、指先は無意識に首の裏へと回っていた。

ぽりぽり。

ぽりぽり。

繰り返し繰り返し、ちくちくと繊維に刺激されるそこを掻き毟る。爪は伸びていないので、出血しちゃうとかはないけれど、掻いている箇所がほんのりと熱を持ち始めてしまった。でも、熱を持とうが何だろうが痒いものは痒い。意識を首元のタグから逸らすために、持ってきていた雑誌を眺めながら時折ティーカップを傾けていた私は、喧騒に紛れながらずんずんと近付いてくる足音に気が付かなかった。そのため、殆ど不意打ちに近い形で肩口を思いっきり掴まれた。

いきなりの事に驚いて肩が跳ねたけど、それでも悲鳴を上げかったのは褒めて欲しい。そのお陰で、ギリギリのラインで尊厳的なものは守れた…と、思う。たぶん。さて、強い力で肩を掴んで来たのは誰だろう。今日のお姉さん生身だから、肉体強度やわやわなんだけどなあ。もしかして、何か怒られるような事でもしちゃったんだろうか。あ、荒船君のファンとかいたら後ろから刺されても文句言えないかも。なんて考えながら恐る恐る、後ろを振り返るとわなわなと震えながら物凄い形相をしている三輪君と目が合った。な、なんでそんな怖いお顔しちゃってるの……?


「……ええと、三輪君?」
「…誰だ、」
「うん?」
「誰にやられた。」


ごめんね、お姉さん全然話が見えないの。やられた、と言われるような物に心当たりが無さすぎて小首を傾げると、更に苛立った様子の三輪君の指先が首裏を撫でる。あ、さっき掻いてたところ!え、そんな怖い顔しちゃうくらいどうにかなってるの?相変わらずちくちくはしてるけど、別段痛いわけじゃない。でも、自分じゃ見えないからそんな言い方されるとちょっと不安になっちゃうんだけど…。


「首のとこ、どうなってるの?」
「内出血が起きていて、赤くなってる。」
「あ、あー……、うん。それ絶対さっき掻いてたせいだから、気にしなくても大丈夫だよ。……あれ、三輪君?」


私の言葉を聞いて、ぽかんと目を丸めたかと思ったら、はあ〜〜〜ッとそれはそれは深い溜息を吐き出しながらその場にしゃがみこんでしまった。そんなに心配させてしまったんだろうか、たかだか内出血なのに。別に何処が折れた訳でも出血した訳でもないし、そもそも痛みすら無いから言われるまで知りもしなかったようなものだ。なんと言うか、三輪君ってお姉さんのこと大好きだよね。まあ、あんな話をしてしまった後だから心配してくれてるだけなのかも知れないけど。どちらにしろ、優しくていい子なんだよなあ。

何て、のほほんとした気持ちでまあるい頭を見下ろしていたら、すっくと立ち上がった三輪君に逆に見下ろされてしまった。


「どれだけ人に心配を掛けさせたら気が済むんだ。」
「…うん、ごめんね。」
「先日の大規模侵攻の時も、時間稼ぎをする何て大きな口を叩いておきながらトリオンキューブにされてただろ。」
「それは本当にごめんなさい。」
「……頼むから、もう、俺の手の届く範囲に居てくれ。」


正面から両肩を掴まれながら懇願にも近い言葉を吐かれて、そこでようやくこれは相当心配を掛けたんだなあと気付いた。見上げた先にある三輪君のお顔は、今にも泣き出しそうだ。眉がくしゃりと歪んでしまっている。嗚呼、私はこんな子を置いて近界に行こうとしていたんだな。母を殺して貰えたという恩よりも、ずっとずっと大切で尊いものがこんなに身近にあったのだと、ここ最近何度も何度も気付かされる。私の視野は、随分と狭くなってしまっていたんだなあ。ずっと、私の傍に居てくれてたのにね。

こんな自分勝手でどうしようも無い私に心を砕いてくれている三輪君に、おいでと言う代わりに両腕を広げた。込み上げてくるこの気持ちは何だろう。これが噂に聞く母性本能と言う奴なんだろうか。覆い被さる様にして抱き着いてきた三輪君の背中をぽふぽふと撫でてあげながら、またひとつ、胸が満たされたような気がした。


「大丈夫だよ、お姉さんもう何処にも行ったりなんてしないから。」
「当たり前だ。」
「当たり前かぁ。…うん、そうだね。何だかんだ影浦隊にも入れたし、」
「待て。」
「うん?」
「聞いてない。」


私の返事を待たずして、三輪君が腕の力を強めてきた。流石にちょっと苦しいかなあ!?今日のみょうじさん生身なの、抱き着いてくれるのはとっても嬉しいし、可愛いなあって思うけど、手加減して欲しい。まあでも、うん、心配させちゃったっていう負い目があるから、少しだけ大人しくしていてあげよう。




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