影浦隊へようこそ。


先日の大規模侵攻から十日と一晩が明けた今日、私は考えている事がある。あの日私は、近界民へ恩を返すという目標を捨てて千佳ちゃんを、三門市を守る選択をした。以前の私だったら、後輩を大切に思う気持ちはあれど、三門市に対しては何の思い入れも無かった。ボーダー隊員にあるまじき思考だとは思うけれど、正直三門市がどれほど壊滅しようが知ったことでは無いとすら思っていた。ただ、可愛い可愛い私の後輩達が怪我無く無事で居てくれるなら、それでいい。と。本当に、その程度だった。でも、先日、近界民へ加担するのなら今だろうなという瞬間に過ぎったのは、後輩達の日常風景を壊したくないという気持ちだった。もちろん、千佳ちゃんの存在はとてもとても大きいけれど、私の心を動かしたのは、きっとそれだけじゃない。友人や家族、お気に入りのお店、場所、そう言った、誰にでも当たり前に存在している日常。その日常を、守りたいと思った。そして、彼らの日常には三門市の平和と安全が絶対条件だ。彼らが心穏やかに笑える場所、それが此処、三門市なのだから。

いつの間にか、思っていたよりもずっと彼らを大切に思っていたらしい私は、恩返しという名の自己満足よりも、彼らを守ることを優先する為に動いていた。ここまで彼らの存在が私の中で大きくなっていたなんて、気付きもしなかった。後輩達だけでなく、後輩達の大切なものまで広く愛しいと感じるようになるなんて。今の三門市は、私にとっては宝箱の様な場所だ。きっと私はもう、此処から外へと飛び出すことは出来なくなってしまったんだろう。こうして知らず知らずのうちに三門市に身も心も縛られてしまったというのに、幸福感が胸を満たすのだから手遅れとしか言い様がない。

ともすれば、私がずっと一人を貫き通してきた理由も無くなってしまった。元々、何かしらのタイミングでボーダーから近界民へ移籍?しようと思っていたからこそ、隊を持たなかった。ひとりの方が何かと動きやすいというのも理由のひとつだけれど、それ以上に、連帯責任という四文字を誰かに背負わせる事の無いように、ずっと独りでやり続けてきたのだ。賢ちゃんを頑なに弟子と認めていないのも、その部分が大きい。だって、近界民に寝返った裏切り者の弟子だなんて陰口を言われたり、不当な扱いを受けちゃったら可哀想じゃない。

嗚呼でも、そうか。もうそういった心配事が無くなるんなら、わざわざひとりぼっちで居る必要も無いんだなあ。なんだかようやく、ふわふわとしていた心がボーダーへと落ち着いたような気がした。…そうだ、ならば居場所を作らなくては。居心地の良い場所、私だけのとっておきの場所を。




「────と、言う訳なんだけどね?」
「なァにが、と、言う訳だよ。何処が良いかっつう相談なら他所行け、他所。」
「いや、うー…ん、相談と言えば相談なんだけど。」
「ンだよ。」
「カゲ君、お姉さんの事貰ってくれない?」
「…………は?」


あんぐり、とお口を開けた影浦君のちょっと珍しいお顔頂きました。さらに数秒遅れて、意味を理解したらしいカゲ君に今度は「はァああッ!?」と更に大きな声で言われてしまった。そんなに意外だったんだろうか。大きな声を出したせいで、少しばかり視線が集まるとカゲ君は居心地悪そうにマスクをずり上げた。まあ、ここロビーだからね。本当は影浦隊の作戦室とかでお話出来れば良かったんだけど、たまたま此処で見かけちゃったからそのまま椅子に座って話し始めちゃった。ううん、失敗だったかあ。

私の言葉を受けて頭をがしがしと掻くカゲ君は、どうしたもんかと悩んでいる様に見えたから咄嗟に、逃げ道を作ってあげなくちゃと、思った。


「あー、もし良かったら〜ってだけだから、無理なら無理で良いんだよ。隊員が増えればそれだけ光ちゃんの負担も増えちゃうだろうし、この話は一度持ち帰って貰っても、」
「…太刀川か、風間ンとこのが良いんじゃねぇのかよ。仲良いだろ、何かと。」
「それは、うん。勿論仲良しだけど、別にそこまでべったりって訳じゃないし、いきなりA級は流石にちょっと荷が重いかな〜…みたいな。」
「じゃあ、何でうちなんだよ。」
「…あれ、もしかして面接みたいなの始まってる?」
「そんな大層なもんじゃねぇわ。」


自分の太腿に肘を着いて頬杖を突きながらこっちを見てくるカゲ君は、取り敢えず私の話を聞いてくれるらしい。…さて、どうしたものかと今度は私が悩む番だ。正直に言うと、影浦隊の雰囲気が好きだからとしか言えない。だから内輪に入れて欲しい、私の事も身内として扱って欲しいと思ってしまったし、逆に私も彼らを身内として庇護したいと思った。それに、影浦君はなんだかんだ隊員に優しい。言葉が荒いせいで分かりにくいけれど、外側から見ていてもとても大切にしているというのが伝わるから、余計にその場所が暖かいものの様に見えてしまった。

と、言うのを馬鹿正直に言うのは些か恥ずかしいものがある。なんだか、自分も大切にされたがっているように聞こえそうだし、そこまで言ってしまうとカゲ君が断りにくくなっちゃうんじゃないかという懸念もある。でも、嘘を吐きたい訳でもない。これが仮に面接ならば、質問に答えつつ自分をアピールするのが定石…かな。よし。


「カゲ君の隊って、超攻撃型〜なんて、言われたりしてるでしょ?」
「あ゛ー、鋼何かが言ってんのは聞いたことあるけどよ。」
「私、どっちかって言うと防御の方が得意だと思わない?」
「攻めっ気がねぇの間違いだろ。」
「狙撃手用トリガーをセットしてる時なら弾を弾で相殺できるし、してなくても見えてさえいれば集中シールドでガード出来るし!」
「言ってる事変態だって自覚無さそうなところがやべぇ。」
「…安心して攻められる様に、カゲ君の背中を守らせて欲しい。」


そこまで言い切ると、強かに舌を打つカゲ君。正直、自分の強みはSEだけだと思っている。皆が変態だという狙撃技術も最小サイズの集中シールドも、結局はSEありきのものでしかない。狙撃に関しては、これ無しで平然とやってのけてる他の狙撃手が真の変態だ。つまり、私は天才ではない。戦闘員は最大4人迄と規定されている中で、最後の椅子を埋めてまで欲しがってもらえる程の人材じゃない。だから、無理なら無理で良いんだ。ずっと一人だったんだから、断られたとしてもただの現状維持、別段困る事は無い。ちょっとだけ、悲しくなっちゃうけど。それは私個人の感情だから、私が自分で処理すれば済む話だ。

あともうひとつだけ、優しい優しいカゲ君に、断っても大丈夫だという理由をあげようか。


「でも、少なくとも今回行われるランク戦は不参加で行こうと思ってるんだよね。だから、そういう意味では役に立てないかも。」


へへ、なんて、ほろ苦い笑みを浮かべる。少しわざとらしいだろうか。でも、ランク戦に参加しないというのは事実だ。チーム戦は防衛任務や遊びで何回かした事はあるけど、基本的には不慣れだ。隊に所属していて、常にチームで動いている人達と比べたら当たり前だけど練度が違う。それに、自分が所属している隊となると、どうしたって勝ちに執着してしまう。個人戦は勝ち負けに拘りは無いのだけど、隊として動くのなら、隊長には勝利の美酒を。と望んでしまう。望んでしまうと、私は酷く性格が悪くなってしまう。それこそ手段を選ばず、何がなんでも勝とうとしちゃうんだよなあ。…以前、それ以外の方法があったにも関わらず奈良坂君の手首切り落としちゃってるし。任務中に致し方無くやるならまだ言い訳も効くけれど、ランク戦で可愛い後輩達相手にそれをして嫌われたくはない。後輩にあ、自分アンチみょうじさんなんで。とか面と向かって言われたら流石に素面で泣いちゃう。ので、私はランク戦は不参加と決めていたし、それを許容してくれる隊じゃないと入れない。


「…別に駄目なんて一言も言ってねぇだろ。ンな顔すんな。」


果たしてどんな顔をしていたのか。カゲ君の事だから、顔と言うよりも感情で刺してしまっていたのかもしれない。気を遣わせたかな、申し訳ない。年下に気を遣わせてしまったという事実に一段階、ずん、と心が重く落ちそうになっていると掻き混ぜる様な手付きでぐしゃぐしゃと髪を撫で付けられた。ほら、こういう所が優しいんだ。


「本当の本当に、ウチで良いんだな?入ってからやっぱ辞めますとかぬかしやがったら怒んぞ。」
「……うん、…ッうん!」
「…それやめろ、擽ってぇ。」
「え、ごめん…?」


カゲ君からの言葉を噛み締める様に頷いている私は、きっと目をきらきらと輝かせている事だろう。仮に私が犬だったとしたらぶんぶんと尻尾を振り回しているし、きゅうきゅうと甘え鳴きまでしてた。絶対。そんな私の浮かれた感情が刺さったらしいカゲ君はそっぽを向いてしまったけれど、嬉しい、幸せだ、という感情の制御の仕方がイマイチ分からず、その後も暫く私の感情はカゲ君をつんつんちくちくと刺していたと思う。でも嬉しくて嬉しくて仕方が無いのだ、こればっかりはカゲ君に慣れてもらうしか無いので、頑張って欲しい。







「なまえちゃん、いらっしゃ〜い。作戦室に来るの珍しいね?」
「えへへ、いやあ、それがね。」
「どうしたなまえ、にっこにこだなぁ。何かいい事あったのか?…ッは!さては男だな、そうなんだろ!?」
「ンな訳あるか。」
「それ、なんでカゲさんが答えるの。」
「良いから大人しく聞きやがれ!…今日からコイツ、うちの隊になっからよぉ。」
「よろしくお願いします!」
「「「…………。」」」
「あ、あれ…?」
「うおおおぉッ!?でかしたぞカゲ!よくやった!これで作戦室でガールズトークが出来るじゃねーか!」
「いやあ、なまえちゃんが隊に入るってだけでびっくりなのに、まさかうちに入るだなんてさらにびっくり。あ、勿論ゾエさんも歓迎するよ。」
「ポジション、狙撃手なの?」
「実は、戦功のおかげで無事に完璧万能手になれちゃったりしたんだよね。だからそこは臨機応変に。」
「おい待てコラ、聞いてねぇぞ。」
「うん、今初めて言ったからね。」
「お祝いだお祝い!歓迎会兼ねてパーティするぞお前ら!」
「ゾエさんのお気に入りのお菓子、開けちゃうよ〜。」
「……結構騒がしいけど、大丈夫?」
「ふふ、うん。賑やかで、楽しいかな。」




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