玉狛第二とはじめまして。

『なまえさん、今日って暇?』

迅君から送られて来たメッセージに、夜勤の勤務時間…準備の時間を考慮しても16時迄は暇だと簡潔な返事を送れば、昼食後に玉狛支部に集合ね。と、これまた簡潔に返された。何だろう、迅君の事だから何かしら理由があるんだろうけど…まあ、理由が無くても全然構わないんだけどね。例えばほら、なまえさんの顔が見たくなっちゃってとか言われたらそれはそれで可愛いからよし。



ひー、寒い寒い。とマフラーに鼻先まで埋めながら唐沢さんに言って借りてきた社用車から降りれば、コートのポケットへと車のキーを収める。寒さに身を縮こませながら駐車場から玄関までの僅かな距離を歩いて、備え付けられているインターホンを鳴らす。ピンポーン、よく聞く一般的な音だ。インターホンを鳴らしてから家主が出てくる迄の微妙な間にちょっと緊張しながら、意味もなくコートの裾を整える。そわそわ、と待つこと数十秒。扉の向こうから「はいはーい。」なんて迅君の声が聞こえてくる。インターホンを鳴らした主を確認する事もせずにがちゃりと開かれたドアにお姉さんちょっと心配しちゃうよ?ちゃんとどちら様ですか?ってしてから扉開けようね。


「わざわざ来て貰っちゃって悪いね、なまえさん。今日はうちの新入りを紹介しようと思ってさ。遊真とか、なまえさん絶対好きそうだし。」
「遊真?」
「そ、遊真。この前なまえさんが助けてくれた近界民君。晴れてボーダーに入隊する事になったんだ。」
「ああ…ッ、あの!でもそれ、迅君の風刃のお陰だって蒼也君から聞いたよ。」
「やだなあ、風間さんってばそんな事なまえさんに話してたの?」
「ふふ、私と蒼也君は仲良しだから。」


そう言えば私、近界民君のお名前知らなかったんだなあ。なんて、廊下を歩きながら思う。とてとて。迅君の少し後ろを着いて歩いていると、リビングのドア。向こう側から複数人の賑やかな声。なるほど、新入りね。玉狛にはパーフェクト万能手なレイジ君、最前線の戦闘もお手の物な小南ちゃん、A級1位太刀川隊に所属していた烏丸君が居る。その新入りとやらは、少なからずその三人から世話をされている筈だし、さぞ強そうな子達なのだろう。
迅君が私を一度ちらりと見てから、軽やかな音と共に開けた扉の先。ソファの上で仲良く身を寄せ合って談笑していたのは三人組の男女だ。そのうち、とりわけ小さなその子に私の目は釘付けになる。がちり、と身体が固まって動かない。


「おー、揃ってるな。紹介するよ、この人はみょうじ なまえさん。B級の元狙撃手で、今はレイジさんに次いで完璧万能手…に、ポイント足りてないんだっけ?まあ、予備軍みたいなもんだな。」
「レイジさんに次いで…そんな人が何で玉狛に?」
「実は遊真の正式入隊にも一役買ってくれててね。」
「ほうほう、それはそれは。」
「なまえさん、」


ゆらゆら、視界が揺れる。滲む。瞳から押し出された涙が、耐えきれずに頬を撫でる。一度堰を切って仕舞えば、後はもう耐える事無くぼとぼとと煩わしい其れが落ちていくだけだ。すん、と鼻を啜る。思わず言葉を止めた迅君は、どうせこうなることなんてお見通しだったんだ。見通した上で、私を呼んだ。
一体どうしたのかと此方を伺う三人の方へと、ゆっくりと近付く。眼鏡の少年の隣。目をまんまるくした、彼女の足元へと膝を付いて、そっと掌を握り込む。


「ねえ、貴方、お名前は?」
「あ、千佳です。雨取千佳…。あの、みょうじさん、大丈夫ですか?」
「そう、千佳ちゃん。…ふふっ、千佳ちゃん。お姉さんの事はなまえって呼んで。」
「ええっと、その、なまえさん?」
「うん、うん、千佳ちゃんのなまえさんだよ。」
「ッあの!すみません、千佳が何か?」


千佳ちゃんのおててを握り締めていた腕を、その隣からぱしりと掴まれた。あらら、まあでもそりゃあそうか。突然ぼろぼろ泣き出した成人済み女性が、自分と仲の良い?女の子にふらふら近付いて名前聞いてたら不審がるのも分かる。私でも怪しいなって思う。ぱっと千佳ちゃんから手を離して、やんわりと私の腕を離すようにと促してから、未だに際限なく湧き出てくる涙を服の袖でぐしぐしと少し乱暴に拭う。素面で泣いたのなんて何時ぶりだ。一度、深呼吸をしてから改めて彼らの向かい側に置かれているソファへと腰掛けると、それに続いて迅君が私の隣に座った。うーん、狙い通りにいったって感じの顔してる。


「いきなり吃驚させちゃってごめんね。改めまして、ボーダー本部所属のみょうじ なまえです。」
「い、いえ、玉狛支部の三雲修です。」
「俺は、空閑遊真。なまえって強いのか?」
「こら空閑、みょうじさんは歳上なんだからいきなりそんな呼び方…。」
「あはは、良いよ良いよ。気にせず好きに呼んで。ちなみに強いか弱いかって話だと、弱いんじゃないかな。」


ねえ?と同意を求める様に迅君を見上げれば、弱い?なまえさんが?またまたご冗談を!みたいな顔された。顔だけじゃ済まなかった。目の前にお利口さんに座っている三人にそんなことを言ってのけたのだ。やめてよお、ハードル上げないで〜。お姉さん万年B級…なのはまあ、隊に所属して無いからなんだけど。個人ランキングに名前すら上がらない感じだから、ほんとやめてやめて。千佳ちゃんとかほわぁ〜って感じできらきらしたおめめで見てきてるから。期待されてるから。三雲君も迅さんにそこまで言わせるなんて、強いんですね!みたいな感じになってるから。遊真君も、真顔でじっとこっちを見てきたかと思えば何とも言えない顔になる。なんか、こう…漫画的表現をするなら、三の目?みたいな。

「うーむ、なまえは自分を弱いって言うのに、迅さんはなまえを弱くないと言う…。しかし二人とも嘘は吐いてない、結局どっちなんだ?不思議だ。」
「そうだなぁ、今の遊真なら簡単に転がされるんじゃないか?」
「ふむ、つまりこなみ先輩並の強さと言うことか。」
「期待してくれてるとこ悪いけど、隠れるのが仕事な狙撃手と、前線で敵をやっつける攻撃手を比べないでくれると嬉しいかな?」
「でも、今は狙撃手じゃないんだろ?」


おっしゃる通りで。さて、どうやって私が弱いということを認めてもらうか。頭を捻っていると、何かを思い立ったかのように三雲君が少しだけ前のめり気味に「それなら、僕と一戦やって頂けませんか。」と言うのだ。聞けば、今まさに攻撃手から射手へとポジションを変更しようと頑張っている最中で、学べるものは少しでも多く学びたいらしい。うんうん、そういう姿勢って大事だよね。私も狙撃手以外のポジションに付いたばかりの頃、動き方の定石を覚えるが結構大変だった。頭が理解出来ているのと、身体でそれを再現出来るかどうかは別物だ。三雲君も、随分苦労してるんだろう。ここは後輩の為にひと肌脱いであげたいところだが、人様の支部の訓練室を私が借りても良いものなのか。隣に座る迅君を見上げると、すっと立ち上がっておいでと手招いてくれる。よーし、お姉さん千佳ちゃんにいいとこ見せちゃうよー。







「頑張ってね、修君!」


ぎゅ、と胸の前で両掌を握って三雲君を応援していた千佳ちゃんの様子を思い出しながら三雲君のレイガストを避け、アステロイドをシールドで受け続ける事早五分。仮想戦闘モードの良くないとこ出てるよね、トリオン切れしないんじゃ引き分けも狙えない。一応、三雲君でも避けたり防いだり出来る程度の反撃はしてるけど、仮想戦闘モードは勝負がつくまで終了しない。つまり、どちらかが勝つか負けるかしなくてはいけないわけだ。うーん、どうしたものか。正直、三雲君から勝ちを取ることは難しくない。あまり得意ではないレイガストを三雲君に合わせて使っているとは言え、アステロイドを避けながらスラスター起動して懐まで踏み込んでざくーではい終了。て感じで、勝負は一瞬でつくだろう。でもそれじゃあ、うーんうーん…、と悩んだ結果何の実りも無く五分経過していた。

私の頭を悩ませているのは、千佳ちゃんだ。千佳ちゃんは三雲君を応援をしていたし、とすると三雲君に勝ってもらいたい訳だ。千佳ちゃんが応援する三雲君を軽い感じで倒しちゃったら千佳ちゃんがっかりしちゃうかな、なまえさん大人気ないとか思われちゃうかな。でもわざと負けるのも三雲君のためにはならないだろうし、うー…ん。さてどうしたものかと考えながら、盾モードのレイガストで真っ直ぐ三雲君に突っ込むと、同じく盾モードのレイガストで受けた三雲君。残念、盾同士での競り合いは基本的に不毛だよ。半歩足を後ろへと下げてレイガストを引いてから、盾の面を使って横へと薙ぎ払う。衝撃を受けた三雲君が靴の底を擦りながら後退った。かれこれこんな感じで、決定打を与えない私と、決定打を与えられない三雲君。

さあて、いよいよどうやって決着をつけるのか分からなくなって来たぞってところで、外からマイクを通して迅君の声が聞こえてきた。


「さ、千佳ちゃん。教えた通りに頼むよ。」
「はいっ…なまえさんも、頑張って下さい!」


盾モードを解除して、持ち手部分のみになったレイガストを三雲君に向かって投げ付けた。重いし、何より私の体格では逆に振り回され易いから今はもう要らない。三雲君のレイガストに当たってから、床へと落ちるよりも先に目を丸めた三雲君の首が飛んだ。先程まで盾同士での競り合いをしていた事もあって距離も近かったし、何より私が手加減をし続けていたからこその油断があった。大きく脚を踏み出して、サブトリガーにセットしてあったスコーピオンを掌から出せば後はもう文字通り一瞬だ。千佳ちゃんから応援して貰った今、手加減する必要が無くなった。千佳ちゃんが私が頑張る事を望むのなら、私はその通りに…まあ、頑張らないでも勝てちゃったんだけども。可哀想だから言わないでおいてあげよう。

未だに口をあんぐりと開けたままの三雲君の傍まで行って、腰を屈めてよしよしと頭を撫でる。


「吃驚したね、ごめんね。怖くは無かった?」
「あ…っ、はい、すみません、大丈夫です。」
「それなら良かった。さ、皆の所に行こうか。」


私が差し出した手を素直に握った三雲君を引き起こしてから、肩を並べて訓練室を出ると観戦していた三人に迎えられた。


「成程、なまえは弱いんじゃなくて甘いのか。」
「そういう事。そして、なまえさんのその甘さに付け入れられなかったメガネ君がまだまだってこと。」
「オサム、どんまい。」
「はは、…うん、手加減されてるって分かってたのに全然歯が立たなかった。」
「大丈夫だよ修君、格好良かったよ!」


三雲君に慰めの言葉を掛ける面々に、やっぱりもうちょっと手加減した方が良かったかなあ。なんてまた悩み始める私をちらりと見た迅さんは、千佳ちゃんに何かを耳打ちしてからそっと背中を押した。柔らかく押し出された千佳ちゃんは、とことこと私の目の前に来た。きらきらとした宝石の様な瞳に見上げられる。


「その、なまえさんもとても強くて、格好良かったです!」
「…有難う、千佳ちゃん。良い子だね。」


千佳ちゃんが、私を"強くて格好良い"と言ってくれた。感極まって私よりも小さな身体をぎゅうっと抱き締めると、私の腕の中で妹に良く似た顔がふにゃりと笑った。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -