01
「柏葉紅音、ただいま戻りました〜」
ディナータイムより少し前、店の混み合う前のワグナリアに現れたのは、長身でアッシュベージュの綺麗な髪を持つ胸の大きな女性でした。
「おかえりなさい、紅音ちゃん」
「よく帰ってきたな。全く、長い間休みやがって。紅音がいない間人手が足りなくて大変だったぞ」
そんな彼女を出迎えたのは、何故か帯刀しているチーフ 轟八千代と大食い店長 白藤杏子だった。
「ごめんなさい、杏子さん。でもこれからはまたバンバン働くのでそれで許して下さい」
「まあいい、期待してるぞ。それで?」
すっ、と差し出された杏子の手の意図を素早く読み取った紅音は右手に持っていた巨大な紙袋をそのまま杏子へ手渡す。
「はい、ちゃんと買って来ましたよ、お土産」
「さすがだな、紅音。よくやった」
それを受け取った杏子は満足そうに頷いた。
「それでお店の方は大丈夫でしたか?何か変わったこととかありませんでした?」
「ええ、何も問題はないわ。変わったことと言えば少し前に新人さんが入った位で…」
「新人さん…?」
「紅音さん、おかえりなさい!」
紅音の問いかけに、早速お土産のクッキーに手を付け始めた杏子に変わって、八千代が答えた。
"新人"と聞いて辺りを見回そうとした時、紅音を呼ぶ明るい声が耳に届く。
そして紅音の下へ駆け寄ってきたのは、ぽぷらだった。
「あ、ぽぷらちゃん。久しぶり」
「あのね、紅音さん早く帰って来ないかなって今日はずっとうきうきしてたんだよ!」
「そうなの?嬉しいな。私もぽぷらちゃんに会えて嬉しい。相変わらず可愛いくってほのぼのしちゃう」
「えへへー」
紅音がぽぷらの頭を撫でるとぽぷらは満面の笑みを見せる。
「先輩、もしかしてその人がさっき話してた…」
「かたなし君!うん、そうだよ!!」
そんな時、耳に入った聞き覚えの無い声を不思議に思って紅音が顔を上げるとそこにいたのは見覚えのない眼鏡を掛けた少年だった。
紅音はすぐに先程八千代が話していた人物だと気付き自己紹介を始める。
「きみが新人さんね。はじめまして、柏葉紅音です。海外留学をしてて一時的にお店を休んでいました。これからまたお世話になるので、よろしくお願いしますね」
「あっ、初めてまして、フロアの小鳥遊宗太です。こちらこそよろしくお願いします」
丁寧なお辞儀とともにされた自己紹介に少し戸惑いながら小鳥遊も自分の名を名乗り、お辞儀を返した。顔を上げた後も紅音は華やかな微笑みを浮かべながら話を続ける。
「私、フロアとキッチンを兼ねてて人手の足りていない方の仕事を割り当てられるの。だからもし急病なんかの時は遠慮なく言って下さいね。色々フォロー出来ると思うから」
「あ、はい、ありがとうございます」
他の店では誰もが見惚れるであろうその笑顔もこの店では、小鳥遊に違和感を感じさせる要因にしかならない。
「(……普通に出来る人みたいだけど、この店にそんな店員が長い間も働いてるなんて……何か理由があるとしか思えない……)」
小鳥遊がそんなことを考えているとは皆夢にも思わず、眉を顰める彼に気付く者は誰も居なかった。
「紅音さん、大事なこと言い忘れてるよ!」
「え、大事なことって?」
大きな声を上げたぽぷらの主張に紅音は考え耽るが、言い忘れた大事なことなど思い当たらない。首を捻る紅音に痺れを切らしたぽぷらが右手の人差し指を突き出しながら言う。
「もう、紅音さんは店長補佐でしょ!」
「店長補佐…?」
ぽぷらの言葉に今度は小鳥遊が首を傾げる番だった。
「そうなの!紅音さん仕事も早いし、よく気が利くから私達の知らない所で、店長の仕事のお手伝いとか、色々なことしてくれてるの!」
「もうぽぷらちゃん、それは皆が勝手にそう呼んでるだけで、そんな役職本当はないんだよ。それに私はただの学生アルバイトだし、そんな大袈裟に言われちゃうと…」
「いや、お前は私の補佐だ」
ぽぷらの熱の入った主張を紅音が否定していると、杏子がそれを遮った。既にクッキーを一箱食べ終えた彼女はチョコレートの箱を開封しようと手を動かしながら喋り続ける。
「紅音には私の仕事の手伝いをしてもらうんだからな」
「手伝いっていうか気付いたことを言ったりやったりしてるだけで補佐って言う程のものじゃ…」
「帰国してすぐに来るように言ったのも早く復帰させるためだ。楽させてくれるよう頼んだぞ、紅音」
「まあ以前通り働くだけですから、私は構いませんけど…」
チョコレートを頬張る杏子を見ながら仕方ない、と肩を竦めた紅音。
その言葉の後に、2つの溜め息がこぼれ落ちた。
「…店長……」
「…杏子さん……」
帰ってきた店長補佐
(今以上に仕事をしない気か、お前は!!)
(杏子さんの補佐なんてやっぱり羨ましい!!)