03

気が付けば俺の手には、近くにあった一方通行の標識。辺りにいた十数人の男は、何人かは地面で完全に伸びていて、残りは近くに見当たらずおそらく何処かへ逃げ去ったのだろう。
そして先程の来神高校の制服を着た女は、壁を背に両手で自分を抱き締めるようにしながら小さくなって座り込んでいた。少し離れている場所にいたせいか、俺の"暴力"には巻き込まれずに済んだようだった。
持っていた標識を投げ捨て、女の下まで歩み寄って屈み声をかける。

「……おい、大丈夫か」

「…………………」

反応はない。顔を下に向け、体を小刻みに震わせているだけだ。制服を見ればはだけたり、破れたりはしていないものの青色のスカーフは取れ側に落ちていた。

「おい、聞こえて…」

「……いやっ!!」

「っ!!」

再び話し掛けながら、俯いたままの顔に手を伸ばす。すると彼女の体がビクリと一層大きく跳ね、手を叩き払われた。


その時、またしてもあの記憶が呼び戻される。

助けたつもりが制御の効かない力のせいで、一緒に傷付ける。自分の意思と反して何度も何度も繰り返し迎える残酷な結末。逃れられない変えられないと思っていた。しかし、今回は奇跡的にそれは起こらなかった。






けど、結局は結果なんて関係なくて、どうあっても俺の余りある人並み外れた力を恐れられる。


「……巻き込んで悪かったな」

俺が居ても怯えさせるだけ、そう考え言い捨てると立ち上がりその場を去ろうとした。

「………あ、待って、くださいっ」

それを遮るように女は声を上げ、俺の学ランの袖口を力弱く掴む。

「あの、その、ごめんなさい。手をはたいてしまって…。あなたが嫌な訳じゃなくて、さっきの男の手を思い出して………ごめんなさい」

俺の目を見て申し訳なさそうにそう話す彼女。その顔には涙の流れた跡があり、唇の端には赤い血が滲んでいた。
恐らく先程叩かれた時に口の中が切れてしまったんだろう。
あの野郎、女を捕まえて襲ってその上手まで上げやがって………。
地面に倒れている野郎共にまた怒りが湧いてくる。

「……本当に、ごめんなさい」

「いや、お前が謝ることはねえよ。そりゃあんな目に遭った直後だもんな。俺も考えが足りなかった。……そもそもあいつらの狙いは多分俺だ。俺のせいで関係ないお前に怖い思いさせて悪かったな」

俺が黙っていたのを勘違いしてか、女はまた謝る。自分がこんな目に遭った時に他人のことなんか気にする必要もねえのに。そもそもこいつらは俺を狙ってただけだ。そう思ってまたしゃがんで目線を合わせながら言葉を返せば、彼女は慌てたように首を横に振った。

「そんな、あなたは悪くない!あなたは私を助けてくれた人なのに………。それにあの人達がもしあなたを狙ってて私が巻き込まれただけだったとしても、あなたは私を守ってくれた」

そして、彼女の口から告げられた言葉に驚く。

「助けてくれて、ありがとうございました」


今までは毎回助けるつもりだった人間をも無意識の内に巻き込み傷付けていた。だけど、今回はちゃんと彼女を守れた。しかし俺の異常な"力"を恐れられる可能性も十分あった。
過去では有り得なかったことだ。そして過去どころか、この先だって俺の力で人を守ってやれることなんて無いと思っていた。けどそれが俺の杞憂に終わった気がした。
これが初めてだと思う。俺がちゃんと守ってやれて、守られたって相手に思って貰えたことが。今まで傷付けることしか出来なかった俺の力が人を助けることが出来たのは。
そして知る。俺の力を見ても恐れることのない数少ない人間に出会えたのだと。

潤む目で微笑みを浮かべる彼女になんだか救われた気がした。
思わず俺は彼女の方へ手を伸ばす。怯えたように少し肩を揺らしたけど、今度は手を振り払わることはなくて。
そのまま頭の上に手を乗せると乱れていた髪を撫ぜた。

「間に合ってよかった。助けてやれてよかった」

俺がそう言えば彼女はまた肩を震わす。

「あなたが、居なかったら、私、わたし………っ」

そして彼女は安心したのか、堰を切ったように泣き出した。学ランの下に着ていた俺の赤いTシャツに顔を押し付け、声を上げて、涙をとめどなく流しながら。
俺は子供をあやすように背中を軽く叩きながら頭を撫でる。それを彼女が泣き止むまで静かに続けた。






差し伸べられた救いの手



bkm
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