06

「あ、あの!」

「…なんだ藤堂?」

公道に出てからも無言でずっと歩き続ける平和島さんに私はたまらず声をかけた。すると平和島さんは漸く立ち止まってこちらを振り返る。

「もうちょっと、ゆっくり、で、お願いし、ます」

「…は?」

「へいわ、じまさん、歩く、の早い、です」

「…あ、悪い」

私は肩を上下させ、息切れしながら平和島さんへと告げた。そんな私を見て平和島さんは驚く。けれど私が理由を言えば、彼ははっとしたように一言謝って掴んだままだった私の腕を離した。
私よりだいぶ身長の高い平和島さんは足も長い。当然、歩幅にも大きな差がある。手を引かれたまま早歩きで歩かれ、必死でついて行くために小走りを続けていたら、体育位でしか運動をせず元々少ない私の体力は早くも尽きかけていた。
私の息が整うまで平和島さんはしばらく立ち止まったままでいてくれた。そして落ち着いた頃を見計らって平和島さんがぽつりと話し出した。

「…悪かったな」

「あ、いえ、私が足が遅くてついていけなくなっただけですから。それに送ってもらえること自体は嬉しいので…」

「いや、まぁそれもあるけど、せっかく貰ったもん床に落としちまって…」

そう言って平和島さんが視線を向けたのは彼の手の中にあったマフィン。床に落ちた衝撃で上の方の生地が少し崩れていた。

「ああ、気にしないで下さい。ちょっと形が崩れちゃっただけですから。袋に入ってるから食べられるでしょうし」

「…それによくよく考えたら俺が送ってやる方が危ねえよな」

「え?」

私のあげたもののことを気にしてくれてると分かって少し嬉しかった。別に踏み潰したりした訳でも食べられなくなった訳でもなく、少し見た目が悪くなってしまっただけ。大した問題はない。そう思って笑顔を浮かべても、平和島さんはつらそうに表情を歪めながら拳を握り締めるだけだった。そして返ってきた言葉に私は戸惑う。

「昨日藤堂が絡まれたのは、ノミ蟲が仕込んだとはいえ、俺がいたせいだし。
 …お前も俺にはあんまり関わらねえ方がいいぞ」

無理やり笑みを作る平和島さんはどこか悲しそうだった。その表情を目にした時、私は何故平和島さんとの出逢いを大切にしたいと思ったのかようやく分かった。

彼はきっと私と似ているのだ。

相手の中身を知らず、噂だとかその人の持つステータスだけで全てを判断し偏った先入観を持つ人間が世の中には多く存在する。その勝手な想像で出来上がった人物像のせいで恐れられたり嫌われ避けられてしまうことはとても悲しい。それを私はよく知っている。平和島さんもそうなのかもしれない。影番なんて字と人とは違う力。それだけで全てを判断されてしまう事実。そして今度は自分自身が避けられることを恐れ、自ら人と距離を取るようになってしまう。段々とそれに慣れていき繰り返す悪循環。
そんな表情をしてほしくなくて、そんな人ばかりではないと気付いて欲しくて、無意識の内に私は口を開いていた。

「………そんなの、勿体無いから嫌です」

「………藤堂?」

「平和島さんは来神高校の影番なんて噂されてて、確かに喧嘩は強いし見た目もちょっと不良っぽいです。でも実際は優しくて人を思いやれる素敵な人だと思います。そんないい人にせっかく知り合えたのに仲良く出来ないなんて勿体無いです」

私の言葉に平和島さんは小首を傾げる。それに構うことなく私は思っていることをそのまま話し続けた。私の話を聞いても平和島さんは眉を顰め、表情もまだ暗いままだ。

「…でも俺と一緒に行動してたら喧嘩は日常茶飯事だ。また昨日みたいな目に遭う可能性だってあるんだぞ」

「だったら守ってください」

きっぱりとした口調で私が告げると、平和島さんは驚いたように目を見張った。

「平和島さんは喧嘩強いんですよね。絡まれても平和島さんが守ってくれるなら問題ないです」

「俺の力は制御が効かねえ。近くに居たら巻き返んで一緒に怪我させることになるぞ」

「じゃあその時になったら平和島さんから離れて巻き込まれないようにします」

これで問題ない、と自信を持って言うと平和島さんは漸く堅くなっていた表情を崩した。

「お前、馬鹿だろ」

「馬鹿というか、私一度懐いたらその人に付いて回るみたいです」

えへへと今日夏南に言われたことを話しながら笑顔を浮かべると、平和島さんは呆れたように笑った。

「なら、好きにしろ」


そう言って再び歩き出す平和島さん。今度はゆっくりと、私の歩幅に合わせて進められる足。平和島さんのさり気ない優しさに嬉しくなって私は微笑みながら隣に並んだ。






過去の自分を見ているようで
(だからこそ放っておけない)



bkm
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