葛藤

▼Chapter4

(__It's a waste of time. )



教会内の大食堂にて、二人はテーブルに可能な限り並べられた、てんこ盛りの料理を頬張っていた。
肉や魚、卵から野菜に至るまで、エクソシスト達の健康を第一に考えられた古今東西の料理が所狭しと並んでいる。オークはもちろんのこと、シーカーも線は細いが大食らいである。
「そういやあ、お前聞いたか?」
「聞いてませんよ、何をですか。要点をまず述べてください時間の無駄です」
シーカーはと言えば、皿から顔もあげず一心不乱に食べ続けている。それでもオークへの憎まれ口を忘れないあたりが彼らしいといえば彼らしい。
「《アクアホリック》についての新しい情報が入った」
料理をかき込んでいたシーカーの腕がピタリと止まった。
ナイフとフォークを静かに置いてナプキンで口元を拭き、足を組み直してオークに向き直る。
「聞きましょうか」
気取ったその動作に半ばあきれながらも、オークは皿に残っていたフライドポテトをまとめて口に放り込んだ。
指についた塩を軽くなめながら、オークはセルシュから聞いた話をシーカーに伝える。
「最近ここらに出現していると言われている、例の上位個体《アクアホリック》――知ってるだろうが、そいつの姿を見たものは誰一人としていない。
出会った奴は皆殺られたか、もしくは本当に姿を現していないかのどちらかだろうが。まあ、ひとつ言えることは、《アクアホリック》は確かに存在するということだな。
今この時も、間違いなく奴はどこかに潜んでいる」
「確か、ある日を境に、バラバラだった《悪魔》達の行動がまとまり、まるで《悪魔》全体が一つの目的を持っている、そう考えなければ説明のつかない不可解な事例が多発したんでしたね」
「ああ。これらの悪魔を統率している個体、通称《アクアホリック》。ここまでは以前から入っていた情報だ。即ち」
オークが手で銃を象り、シークを撃つ真似をした。
「《アクアホリック》は憑依系の悪魔である、と」
そうだ、とオークは頷いた。《アクアホリック》の討伐はオークとシーカーに下された命ではないが、近年まれにみる強力な悪魔の出現であり、教会内は緊張していた。


《悪魔》には二種類のタイプがあると定義される。憑依系と寄生系の二つである。前者はそれぞれ上位個体、後者は下位個体に多いとされる。
悪魔はこの世の存在ではない故に、己が存在を自力で確立することは出来ない。
よって、この世に生じる際、何らかの物質に取り憑くとされる。この時の取り憑き方の差異によって分類されるのである。
例えば人間にとりついた場合、下位である寄生系の悪魔は、寄生主である人間の体の一部の異物となって出現したり、紋様となって肌に刻まれたりする。
寄生された人は悪魔が憑いた一部分の感覚を奪われるものの、悪魔はほぼ実体化しているので、エクソシストによる浄化は非常に簡単になされる。
これに対し、上位の個体に多いとされる憑依系の悪魔は、人間に憑依するとその意思や人格ごと操り、下手をすれば人間になりすますことまでもが可能だ。
この手の悪魔を倒すには、エクソシストの手で強制的にこの世に実体化させる必要がある。
しかし寄生系と違い、取り憑かれた物に目立った視認できる特徴は無いため、その見極めは難しく、故に憑依系の悪魔の討伐はほとんどの場合難航する。
人間に完全憑依した悪魔を実体化させる能力自体はそう珍しいものではない。
しかし、一体だれが憑依されているのかを正確に見分けることが出来なければ任務遂行は難しいのである。

しかし教会内に唯一、正確に、悪魔に完全憑依された《人間》を見抜くことの出来るエクソシストがいた。
それがシーカーである。
シーカーは生来の異能を武器に戦うエクソシストであり、その能力は彼の瞳に宿っていた。彼の瞳は全てを視ることが出来ると言われていた。
薄灰色の瞳が緋色に輝く時、それは世界の全てを映し出す。
シーカーが教会に入って間もないころの記録によれば、彼は9歳の時点で千里先の爆発事故を《視》、一ヶ月後の大規模な地震も《視》たと言われている。
その目によって、シーカーは悪魔憑きの人間を見分けることが出来る。
本人は能力について何も話さず、祓魔以外に能力を使おうとはしないため、全ては憶測だが――その瞳は、世界の終焉までをも見通すとすら噂される。
彼の能力は果たして神に届きうるのか、その是非は今となってはわからない。
シーカーはエクソシストとして教会に入団し、その能力を祓魔に使用することの対価として、彼に対する干渉の一切からの保護を願った。
教会はこれを承諾、護衛兼パートナーのオークをつけて彼をエクソシストの一員としたのだった。

「――教会内に、被害者が出た」
「……それは、戦闘による負傷ですか」
「いや。あろうことか、教会所属のエクソシストが《アクアホリック》の眷属(けんぞく)とみられる悪魔に憑依された。間違いない、情けないが事実だ」
シーカーが息を飲むのがわかった。
祓魔師達は悪魔についての知識も深く、そして何よりこの職種に従事して生き残っているということはその強さの証でもある。悪魔との戦闘はゲームではない。負けた者から死んでいくのだ。
「悪魔が憑依するためには、憑依対象の心の闇に入り込む必要がある」
「つけ込まれる隙のあるような軟弱な人間がここで生き残っていられるとは思いませんが」
冷淡に言い放つシーカーに、オークは苦笑する。
「手厳しい評価だな……まあ、それだけ《アクアホリック》が強い悪魔であるという証拠でもあるんだが」
まあ一番大事なことは、と、オークは半分以上残っていたアイスコーヒーを一気飲みし、グラスをテーブルに叩きつけるように置いて低い声で吐き捨てた。
「奴は寄生したエクソシストの口を借りて、俺たちに宣戦布告してきやがった」
「……どういう、ことですか」
「あー要約するとだな、そのうち奴らは乗り込んでくる。理由はあれだ、強い奴と戦いたいからだと」
「はァ!?」
「広めるなよ、機密事項だ。そのうち公式発表が出る」
ま、教会中が大騒ぎになるまでにそう時間はかからねぇだろうがな。
歯を食いしばりながら必死に冷静さを保とうとしているシーカーを尻目に、オークはチェアにかけていたコートを羽織って、食堂を後にした。

オークが去った後、シーカーはテーブルに両肘をつき、組んだ手を額に当てて空っぽの皿を見つめていた。
《アクアホリック》による宣戦布告。それが意味するのは教会と悪魔との全面戦争だった。
そうなれば全力で悪魔を滅さなければならない。何を犠牲にしても。
なぜなら、シーカーはエクソシストなのだから。それが彼の存在意義、そうすることのみを求められている。
シーカーは特殊な目を持つゆえに、幼いころから自らに、ある堅い制約を課してきた。自分のせいで、誰かの何かが失われないように。
誰かの何かを狂わせてしまわないように。
しかし――たった一つだけ。その目を使ってやり遂げたいことがあった。
唯一といっていい、彼の願い。
それは。

「おい見ろよ、悪魔がいるぜ」
霞がかかったような頭の中に、その言葉はやけにはっきりと聞こえた。
自分に向けられたものだと、即座にわかった。一気に現実に引き戻される。
「やめとけよ、聞こえてるって。まあ、特別な目を持つエクソシスト様だからな。俺らの言葉なんか気にしねぇよ。
オークさんの足手まといが……。消えてしまえばいいのに」
遠慮など一切なく突き刺さる攻撃的な言葉。なんのことはない。実力主義の教会内において、その希少な能力によって大切に保護されてきた「特例」。
シーカーはいつだってあらゆる方向から敵意を抱かれていた。妬み、僻み。それは今までも、そしてこれからも永遠に継続していくもので。
一体どれほどそうしていただろうか。
「あれ、シーカーじゃない」
自分に向けられる明るい声に、思わず顔を上げる。放っておけばどこまででも沈んでいく思考の海から彼を救ったのは、教会内でおそらく二人しかいないであろう彼に純粋な好意を持つうちの一人だった。
「……セルシュ」
「……オークから聞いたのね。真っ青。可愛い顔が台無しよ」
そう言ってセルシュはオークが座っていた席に腰を下ろした。その手には大皿がたくさん並べられたお盆がある。
セルシュの食は細いほうだったはず。眉根を寄せるシーカーに、
「あと数時間後にはここはひっくり返る大騒ぎになるわ、今のうちに食べるもの食べておかないとね」
セルシュは軽くウインクして見せた。その顔に焦燥や恐怖の色は無い。
「怖く……ないんですか」
「何が?」
おそらく、オークから聞いた情報の出所は彼女だ。セルシュはすべて知っているはずだった。
それなのに。これから何が起こるか、知っているはずなのに。それなのに、どうして。
「……どうして」
どうして、あなたはそんなに強いんですか。
その問いは、発せられることなくシーカーの心に何度も半鐘した。
「シーカー?」
めったに聞かないシーカーの弱音のような、感情の一部を吐露された気がした
。セルシュはそう感じ、何かを言おうと、再び口を開いたその時。
シーカーはひったくるように自分のコートを取り、席を立つ。
「あっ、ちょっとシーカー!」
「すみません用事を思い出しましたので。失礼します」
早口でそう言って、セルシュの静止も聞かずにシーカーは振り返ることなく急ぎ足で去って行った。
「シーカー……」
彼女の言葉は、シーカーには届かない




-----------------------------------------------------------------

説明多くて申し訳ないです世界構成がどうしてもわかりにくい……



[ 4/12 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
コメント
前はありません | 次はありません
名前:

コメント:

編集・削除用パス:

管理人だけに表示する


表示された数字:





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -