泡沫

▼Chapter5

(__I've just been seeking.)


「さーて、今日も元気に悪魔狩りだ」
「貴方が元気かどうかはどうでもいいことです」
目の下にクマを作っているシーカーと対照的に、オークは晴れやかな笑顔を浮かべながら頭をボリボリとかいた。
「いやー大事だぞ?俺が元気だと士気があがる」
「僕は下がりますけどね」
「やかましい」
いかなる時も憎まれ口を忘れない、しかし明らかに疲弊しているらしいシーカーを引きずるようにしてオークは大きく歩き出した。
シーカーはオークの腕を振り払い、しぶしぶ上司に続く。
「例の件で人が減ったんだ。当然仕事は増える。誰かがやらなきゃいけない、だろ?」
「ただあの場に居たくなかっただけでしょう」
「まあ、そうとも言う」
昨日午後十時、教会に所属する全員に上級悪魔《アクアホリック》からの宣戦布告、つまり全面戦争の旨が伝えられた。
《アクアホリック》に憑依されたエクソシストが相当の実力者であったことから、この悪魔がかなりの力を持つことがわかる。
今まで討伐してきた悪魔など話にもならない程に。
開戦がいつになるか、そしていつ終息するのか。一体どれほどの被害をこうむるのか、そしてなにより――勝てるのかどうか。
何もかもがわからない。たった一つ分かっていることは、このまま教会に残れば死ぬ確率が高いということだけ。そんな中での混乱は凄まじいものだった。
その夜のうちに、全体の三分の一が教会を去った。命が惜しいといった者もいれば、死ぬ覚悟はあるがまだその時ではないと言った者もいた。
だがそのどちらも、残った人々からすればただの言い訳、聞くよしもない戯言だった。彼らは逃げた。それだけのことだった。
別に悪いことではない、命は誰だって惜しい。ただこの戦いに命を賭す価値があると判断したかどうかの話だ。
『より強い敵と戦うために』乗り込んでくると言った悪魔に、果たして命をかけて対峙できるか、否。出来ない。それがすべてだった。
だが三分の二は確かに残った、それもまた事実だった。教会は強制しなかった。
最悪教会が壊滅したとしても再び誰かが作り直せばいい。上役たちは公式発表ののち、全員が忽然と姿を消したという。
「まあ、あの場でじっとしているより悪魔を刈るべきというのは賛成ですね。我々の都合で別の悪魔を野放しにするわけにはいきません」
まあな、と呟いたオークが突然ぴたりと足を止める。必然的にシーカーも踏み出そうとしていた片足を止める。
ふと大通りから少しわきに入った住宅街。手前の家の玄関に青い小さな花のプランターがあることに気付いた。
「あーそうだ思い出した。シーカー、お前に言うことがあった」
オークがくるりと回転してシーカーに向き直る。自分より10センチほど背の高いオークを少し見上げるシーカー。
「なんですか」
「この前の戦闘の件だ」
シーカーの眉間にしわが寄る。
「それについては僕にも言いたいことがありました。あの時僕を気絶させたことは今でも納得出来ません。僕だって戦えました、あの場において十分な戦力になり得たはずです」
「いいや、ダメだ。あの状態のお前を戦わせるわけにはいかなかった。今同じ場面に遭遇したとしても俺はお前を蹴り飛ばす、容赦無くな」
オークの目も笑っていなかった。普段の陽気さはすっかり息をひそめ、彼の深緑色の瞳とシーカーの薄灰色のそれがぶつかりあう。
「何故ですか」
顔を硬くしたまま、今にもオークに噛み付きそうな目でシーカーは上司をいっそう強く睨む。
「お前、どうも悪魔に対する憎しみが人一倍強いと見える」
「当たり前です、悪魔は僕たちの命を脅かす存在です。憎くないはずがない」
「それにしても、だ。少し度が過ぎてるな。あのタイミングで銃を撃ったのは何故だ?」
あのタイミング。シーカーが例の悪魔に、実体化させる銃弾を撃った時。それをオークは非難している。あのタイミングで撃つべきではなかったと。
「一刻も早くあの悪魔を実体化させ、この世から消すためですね」
それの何が悪いのだ、と言わんばかりのシーカーに、オークはゆっくりとかぶりを振った。
「逆だ」
「?」
「優先順位をつけろ、シーカー。俺達にとって一番大事なのは悪魔を刈ることじゃなくて、生きて帰ることだ。違うか」
「……」
シーカーは応えない。
エクソシストは悪魔におびえる人々の願いから生まれた、悪魔を殺すための職業。優先されるべきは祓魔であるべきだ。
悪魔を殺さないエクソシストなど果たして何の為に存在する?だが、オークは違うと言う。
「あの時、粉塵が舞っていて視界はすこぶる悪かった。下手したら不意打ちを喰らうかもしれない状況。俺たちは一旦引いて広い場所に出るべきだったな」
「……あの程度の悪魔に不意打ちを喰らうなんてことはありませんよ。それに実体化は早い方が良い。
実体化さえしてしまえば、倒すことなど容易いでしょう?」
オークから目線を逸らし、冷たい灰色の石畳を見つめながら心なしかいつもより小さな声で反駁(はんばく)するシーカー。
「俺はお前に期待してる」
上司の口から零れた予想外の言葉に、シーカーは顔を上げた。
揺れる薄灰色の瞳をちらりと見、オークは言った。
「分かるか。悪魔ごときに逆上するなって言ってんだ。冷静さを保て」
逆上。そう、確かにあの時シーカーは冷静ではなかった。いつもの彼ならオークと二手に分かれて一度退散していただろう。
それだけにオークは、彼のその突発的で無謀な行動を咎めたのだ。
「貴方は、きっと甘いんだ」
シーカーは小さく呟いた。そして、オークのその深緑色の瞳を見ながら今度ははっきりと言った。
「貴方はもっと悪魔を刈るべきなんです」
オークの実力は疑うべくも無いが、シーカーから見れば彼は本気を出していないように思われた。
彼の実力を以ってすれば、任務対象外の悪魔たちの一掃も容易いというのに。
「悪魔たちは元々この世界のものでない、存在してはいけないのです。だから僕たちが葬らなければならない。そうすることで、世界の秩序は守られる」
「俺はな、シーカー。そういうことに一切興味が無い」
「僕にはあるんです!悪魔を刈っていけばその先に。僕の求めるものがきっと……!」
そこまで言って、シーカーは黙った。目線をそらす彼を見て、オークが口を開く。
「俺もお前も、自分の目的の為にこの仕事をしている、ただその先にあるものが少し違う。それだけの話だろ」
オークの口調は、だんだんとシーカーを諭す色を帯びてきた。
「僕は」
シーカーが再び口を開く。
特殊な能力を持つゆえに、ずっと孤独だったシーカー。
恐れられ、罵られ、利用されても泣きごと一つ言わない。彼が自分の為に能力を使ったことはほぼ無い。
そんな彼がたった一つだけ望む、自分の為だけの我儘。
それは。
「僕は、ただ探しているのです」
知りたい。この能力を持つ自分は、一体どう行動すればいい?
欲しい。全ての疑問の答えが。
「この眼の力で、変えたいものがあるのです。だから僕は悪魔を狩る。
本来ならこの世界に存在しないはずの《悪魔》、それがきっと全ての原因だと思うのです」
自分がこの特殊な瞳を持って生まれたことにもし何か意味があるとしたならば。
そんな自分に課せられた使命とは何か。
イレギュラーな存在のはずの悪魔を滅していけばそのうち答えにもきっと巡り合える。
そんな思いを抱きながらシーカーはエクソシストとしての道を歩んできた。
「まー色々考える所もあるだろーが。お前はお前の道を行けばいい。誰も口出しはしないさ、お前の人生はお前のもんだ。セルシュだってそう言うさ」
この場に居ない、美しく聡明な淡い金髪の女性の事を口に出してオークはいつものように笑った。
「そういえば、貴方は何故悪魔を刈っているのですか」
ふと思いついてシーカーがオークに尋ねた。なんとなく恥ずかしくて話を逸らそうとしたわけではないと言えば嘘になるが。
シーカーとオークは長い付き合いだったが、シーカーが彼にこう尋ねるのは初めてだったし、実際興味があった。
「俺か?俺はな……まあ、平たく言えば自分の為だな。自分の大切に思うものが壊れていくのを見たくないだけだ。悪魔が何だとか関係ない。
俺の手の中にある宝物に火の粉がふりかからねェようにしてるだけだ」
別にヒーローになりたいわけじゃないからな、世界をどうこうなんて考えたこともないし、憂うつもりもないな。
シーカーとはあまりに対照的なその目的。だが、それはとてもオークらしい答えだった。
「ようシーカー、俺はお前を応援するさ。誰が何と言おうとも、俺はお前の味方で居てやるからな」
「よくそんな気恥ずかしいことを口に出来ますね貴方は!……貴方に応援されなくても僕は目的を果たします、必ずね。
余計なお世話ですよ……一応、礼は、言っておきますが」
そう言ってそっぽを向くシーカーだったが、オークは彼の頬が微かに赤くなっているのを見た。
「おっ、お前もしかして照れてんのか?」
「何を言ってるんですか貴方は!誰が…っ!」
「ちなみにお前もちゃんと俺の『宝物』の中の一つだからな!喜べよ」
はははと笑いながらシーカーの白髪をくしゃくしゃと撫でるオークに、シーカーは吠えた。
「……っ!!冗談じゃありません!子供扱いしないでください!!!」
その後えらく不貞腐れた様子のシーカーは、憤怒の表情のままいつもの三割増しで悪魔を倒していった。
オークに対する誤射が多かったのはこのことと無関係では無いだろう。オークはその全てをきちんと避けきっていたが。



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五話です、次回からメインバトル!

サイトの模様替えしようと思案中、オサレなのにしたい……
アボカドうまいです酢飯に醤油アボカドが最近の主食これ





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