言葉では足りないこの気持ちを、








「コーディネイターは風邪を引かないって聞いたことがあるんだけど…」
おれは旧式のそれを手に呟いた。

小さなデジタル画面には38度の数値。目の前のベッドには、おれの上司であり、仕事だけはすごい尊敬のできる先輩、キラさんが横たわっていた。



「その形容詞の前の"仕事だけは"っていらなくない?」


「…モノローグに勝手に入ってこないでください、てかアンタ何者なんだ…!」
「てへぺろ☆」
「覚えたての言葉を積極的に取り入れるより熱を下げる努力をしてください」
「シンくんが冷た〜い」

泣き真似を始めたキラさんを無視して、体温計を片付ける。

「おれが冷たかったら少しは熱も下がるんじゃないですか?」

それから効き目のなくなった冷却シートを剥がして、新しいものをキラさんの額に貼り付けた。


「うー…シンくんの切り返しが可愛くない〜そんなんじゃアスランみたく禿げるよ?」
「誰が禿げだキラ」
「あれ、アスランいたの?」
「たった今な…熱は?」

アスランは労うようにおれの肩を叩いて、問いかけてくる。
その表情は普段、仕事中見せているものから、完全に素のものとなっていて、勤務中でもこんな顔をすることが出来るんだなと思った。

「ようやく38度まで下がったってとこですね」
「まだ高いな…」
「二人とも大げさなんだよ〜たかが熱くらいで…」

ヘラっと熱のせいで力なく笑ったキラさんに、その一言は黙っていられないとおれは苦言をもらす。


「そう言って倒れたのは誰ですか? ったくアンタのおかげでこっちは大変ですよ」
「悪いな、シン。他に頼めそうな奴がいなくてな…キラが脱走しなくて助かってる」
「僕は犬か猫なの?」
「猫の方がマシっすね」
「気まぐれという点では勝ち目ないな、猫にも」
「アスランまで!」

キラさんはぷくりと頬を膨らませて不満を訴えるも、潤んだ瞳では迫力ゼロだ。



「あ。そんなことより、おれ午後からちょっと人を迎えに行かなきゃなんないんで…ここ、アスランに任せてもいい?」
「ああ。構わない」

「じゃあ各種必要そうな物は用意しといたんで」
申し送りを済ませ、時間を確認する。
まだ大丈夫だけど、時間にうるさい人物だから1秒でも遅れると危険だ、我が身が。

「シンくんはわんちゃんだよね」
まだ続けるか。てかなんだその言葉は。

「ハイハイ、犬でも狸でもなんでもいいです。じゃあアスラン頼んだ」
適当に相づちを打って出口へ向かう。


しかし、アスランによって呼び止められ、間髪入れずに何かを投げて寄越した。
おれは慌てて受け止める体勢になる。
何とか落とすことなく受け止め、姿勢を戻した。



「…何すか、これ」
「誕生日だろ、シン。おめでとう」

予想外の出来事に驚きのあまり声を出せずにいると、キラさんがガバッと勢いよく起き上がる。そしておれの方へと体の向きを変えた。

「えっ、シンくん誕生日なの!?」
「え、えぇ、まあ、はい。…アスラン知ってたんすね」
「こっちに来る前、ルナマリアに聞いてね。大した物じゃないが…」
「どうしよう…僕何も用意してない…」


おそらく本気で悲しそうに眉を下げるキラさん。ふと、あることを思いついておれは口を開いた。


「ああ、いいっすよ、キラさんの寝顔を堪能させて『もらい』ましたから」


言った途端、ガタンと音を立てて立ち上がるアスラン。
こちらは予想した通りの反応だった。
おれは遠慮なく吹き出す。
貴重なものを見た。ルナあたりに話せば恰好のネタにされるだろう。

「隊長、その顔はオーブの部下に見せない方がいいっすよ。プレゼントありがとうございます。キラさんはちゃんと寝てくださいね」

きょとんとした表情のキラさんと、しまったとでもいうように目を覆うアスランを背にして、おれはその場を後にした。








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