蝶を贈る
「あれ、今日はいつもの服じゃないんだ?」
「ああ、左近様。はい、今日は休むようにと言われましたので。」
「そうなんだ。」
「左近様は?」
「俺は休憩。」
紺色の小紋を着た羅刹ちゃんが、ぼうっと縁側に座って日向ぼっこをしているのを見つけたので、いつものように声をかける。忍の服なら見えている、心配になりつつも目の保養になる生足がすっかり隠れているけれど、いつもは隠れてしまっているうなじが見えているから、そこに有り難みを感じる。 紺色の、羅刹ちゃんらしい小紋だというのに、やっぱり頑なに鬼面を外していないのは惜しいなあ、と思いながら俺も隣に座った。小紋姿を見るのは初めてではないけれど、紺色とか濃鼠色のような暗めの色が多い気がする。
「羅刹ちゃん、もっと明るい色の小紋も着てみたら?」
「明るい色?」
「桃色とか、橙色っぽいのとか。」
「桃色に、橙色・・・そんな可愛らしい色、私には似合いませんよ。」
「そんな事ないって!」
「左近様の方がお似合いになるかも。」
「いやいや、俺に桃色はないっしょー。」
くすくすと羅刹ちゃんは笑って、自分の影におもむろに手を突っ込んで急須や湯呑を取り出す。急須の中にはもう既に湯が入っているようで・・・もう何でもアリだな。二つの湯呑にお茶を注いで、最後にお茶菓子を取り出す。
「これ、刑部様から戴いたんですよ。ここ最近、城下で人気のあるお饅頭だそうで。食べたいなあって思っていたら、丁度刑部様が下さったんですよ。」
「あー、俺もちょっと聞いたことあるな。なかなか手に入らないとも聞いたのに、刑部さん一体何処から・・・。」
「らしいですね。そんな貴重なものを二つも戴いたから、左近様と一緒に食べたくて。」
弾む声で、首を傾げて、そんな可愛いことを言う羅刹ちゃんの顔には、鬼面。憎い。やっぱり俺は鬼面が憎い。手を伸ばして取ってやろうとするが、やっぱり簡単によけられてしまった。 そして、もう日常茶飯事、何事もなかったとでも言うように、羅刹ちゃんは饅頭の包みを開く。それを小さく割ると、面の隙間から食べた。
「んん、美味しい。ほら左近様、むくれてないで食べてくださいよ。」
「ほんと、マジでガード硬すぎ・・・。」
「まじ、で?があど・・・。」
俺も一口、饅頭を食べる。うん、美味しい。多分、刑部さんの事だから、羅刹ちゃんがこれ食べたいと思っていたのとかお見通しだったから、買ってこさせたんじゃないだろうか。刑部さんならありえそうだよなあ・・・。
「そう言えば、羅刹ちゃんは髪飾りとか付けないの?」
「髪飾り、ですか。」
「そうそう。女の子なんだから、あるっしょ?休みの日くらいしか付けられないんだから、付けたら?」
「・・・。」
「・・・?」
「無いんです、そういうのは・・・。」
「え?」
「この小紋、というか、私が持っている小紋や浴衣は全て、秀吉様や半兵衛様、そして三成様、刑部様から頂いた物なんです。」
「ま、マジで・・・?」
「ええと、まじ、です。忍とは言え女の子なのだから、小紋に合う髪飾りは自分で選んでおいで・・・と半兵衛様から再三言われてきた事なのですが、どうにも・・・。」
羅刹ちゃんは苦笑を漏らす。この子は何処か、浮世離れしているというか・・・。忍らしく生きようとしすぎているような気がする。三成様に言われないと休もうとしないし、ここでぼうっとしていたのだって、多分、いつ呼ばれても大丈夫なようにだ。その辺のお姫様を守っているワケじゃないんだから、そんなに気を張らなくたって良いと思う。 町で同じ年頃の女の子がしているような事どころか、友達の作り方だって知らなかった。まあ、それを利用してちゅーしてる俺が言うのもなんだけど、もう少し自分のことを優先したってバチは当たらないはずだ。
「色々気にしないで、好きなの買ったら良いのに。」
「好きなの、というのもよく分からなくて。」
「じゃあ、今度一緒に見に行こうよ。」
「城下に鬼面の女が現れたら、大騒ぎになりますよ。」
「外そう。」
「三成様からの許しが出ましたら。」
「もー。」
こんなんだからきっと、三成様達は、着物を贈ったのだろう。そうじゃないと、いつまでも忍装束のままで居そうだし。今着てるのは、誰から贈られたものなんだろう?そう考えてしまうと、御門違いと分かっていても少し妬いてしまう。羅刹ちゃんと過ごしてきた時間は、あの人たちには敵わない。それでも、ねえ?
「うっし、休憩終わり!御馳走様でしたーっと。」
「はい、お粗末さまでした。」
「羅刹ちゃん、明日をお楽しみに!じゃねっ!」
「?、また明日〜。」
次の日、俺は羅刹ちゃんを探して城内を歩き回っていた。他の忍さんから、今日羅刹ちゃんはずっと此処にいると聞いているから、居ないということは無いはずだ。しかし、すぐにでも会いたい時に限ってなかなか見つからない。明日をお楽しみに!と言っておいて顔見せないとか、そりゃ無いっしょ、俺。
「羅刹ちゃーん、どっかに居るー?」
「はーい。」
「ふおお!?ま、また俺の影から・・・!」
「何かありました?」
そこで気が付く。驚いた拍子に手に力を込めてしまった。手の中には大事なものが握られている。良かった、壊れてないみたいだ。
「まあ、可愛らしい髪飾りですね。どうされたんです?誰かに贈り物ですか?」
「そう、羅刹ちゃんに。」
少し大きめの、蝶を象った髪飾り。三成様の忍だから、薄紫のにしようかと思ったけれど、やめた。緋色の透き通る羽が、太陽にキラキラと光っている。それを、羅刹ちゃんに差し出すと、戸惑ったように両手を差し出した。そっと置いてやると、まじまじと色んな角度から見ている。
「どう?気に入った?」
「は、はい!ありがとうございます、こんな・・・あ、もしかして昨日の話を気にして・・・?」
「気にしてっていうか、俺が贈り物したかっただけっていうか。あ、付けてあげるよ。」
「え!?いや、今は小紋ではないので・・・。」
「いやいや、これはいつも付けてて良いの。」
「でも、変じゃないですか?」
「いーや全然!」
じっとしてて、と言うと、羅刹ちゃんは少し肩を縮こませたまま大人しくなった。左横の髪の毛を掬って、くるりと纏める。それから少し苦戦をしながら、ようやく緋色の蝶が羅刹ちゃんの頭に止まった。ついでにその横に接吻をして離れる。
「はい出来た!うん、俺が思っていた以上に似合う!」
「ほ、本当ですか・・・?」
「羅刹ちゃん自信持ちなよ!あと面外してくれるともっと可愛いと思うんだけど!」
「面は外しません。けど、へへ、ありがとうございます。」
「・・・何度でも言う・・・俺はその鬼面が憎い・・・。」
「ど、どうしましょう。だ、誰かに自慢したい気持ちでいっぱいです!三成様も刑部様もお忙しいでしょうし・・・忍の仲間にお話しても大丈夫でしょうか?いつもはあんまりお話しないんですけど、きゅ、急に自慢話なんかしたらダメですかね?」
「今日すごい喋るね!?」
「今喋らないでいつ喋ると言うのですか!」
と言いながら、羅刹ちゃんは暫く動きと口を止める。そしてそっと、蝶に触ってから嬉しそうに、ふふ、と笑った。 20140717
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