自慢する


「最近また、よくお喋りをしてくれるようになったね。」


忍びの長は、嬉しそうに笑ってに言った。昔のように、頭を撫でていく。左近様とは違う、大きくてどっしりとしたその手は、父というものを連想させるものだった。長は、昔から私を知っている数少ない人の一人だ。それ以外は皆、様々な理由で居なくなってしまった。
結局私が自慢話をしに行ったのは、長だった。左近様のように、もっと他の人と仲良くなっても良いのではないか、と思い始めている私は頑張って色々な人に話しかけたかったのだけれど、どうにも尻込みをしてしまう。だからまず、長で練習だ。長で練習をするというのも失礼な話だが。


「駄目かな?」

「いいや、昔に戻れたようで嬉しいよ。」

「・・・ふふ。」

「儂は、実は心配だった。この子は忍に向いていないのに、婆娑羅者というだけで秀吉様や三成様のすぐ下につくなんて、と。」

「酷いよ、向いてないなんて。」

「まあ、儂の思い違いだったから良かった。」


敬語を使わない会話をするのは、とても久しぶりだ。だからか、なんとなく口に違和感が残る。鬼面も無い。ありのままを出せる、唯一の時。


「・・・でも、思い違いなんかじゃ、ないかも。」

「ん?」

「私、武田軍の猿飛様のような忍になりたいの。でもね、どうしても、感情が前に出てきてしまうっていうか・・・この鬼面を賜った日から、私は何も変わってない。忍らしくない行動を、私はしてしまっている。」


左近様から戴いた髪飾りを、どうしようもなく自慢してしまいたくなったり、他の人と仲良くなりたいと思ってしまったり。思えば、左近様と出会ってから、拍車が掛かっているような気がする。女中とお話をされている左近様を見ているとモヤモヤするし、接吻をされればまた違う胸騒ぎが私を襲う。
こんなの駄目だ。忍らしからぬ行動だと、心の中の私が冷静に言う。お前は城下の町娘等ではない。血に染まった身体は、影に溶けるその身体は。


「でも今更、忍をやめることなんて、出来ないんだけどね。」

「そうか・・・。羅刹は、どんな感情に流されても、殺されるような弱い子ではないから、きっと大丈夫だ。むしろ、相手を殺してしまうくらいだからね。」

「もー、その話は未だに落ち込むから・・・。」

「殺されなくて、儂は本当に良かったと思っておる。きっとそれは、秀吉様達も思ったことだろう。秀吉様達もまた、羅刹の事を大切に思っているからね。」

「・・・。」

「この蝶を贈ってくれた若造は・・・もっと違う『大切』かもしれないが。」


私はまた、そっと蝶を触ってしまう。あんまり触ってしまうと、髪が崩れてしまうと分かってはいるけれど、つい。そう言えば、まだ誰にも訊けていないことがあった。長ならきっと、何でも知っているだろうから、訊いてみよう。


「ねえ長、ちょっと訊いても良い?」

「ん?」

「あのね、左近様が『友人同士はただいまの時とかに接吻をするもの』だと教えてくれたんだけど、本当?」

「・・・。」

「私、左近様以外にお友達がいないから、分からなくて・・・。でも、町に行っても友人同士では誰もしてないの。やっぱり恥ずかしいから、隠れてしているの?左近様も、人の目がある時にはしないんだよ。」

「若造め・・・。」

「長?」

「羅刹が嫌なら、ちゃんとはっきり伝えなさい。」

「え?ううん、嫌じゃないよ。」

「・・・。」

「あ、でもね、左近様はきっとお友達が沢山おられるだろうから・・・他の人にもやっていたのなら、ちょっと、ちょっとだけ嫌だなって思うかな。」

「・・・羅刹、これだけは言おう。その事は、口外しないように。特に三成様にはな。刑部様は・・・もう知っておられるかもわからん。」

「は、はあ。」


結局、それを友人同士でするのか否かはハッキリしなかった。普通ならば隠しているような事なのだろうか?・・・それもそうか、接吻なのだもの。あれ?でも、男女の関係ならまだしも、友人同士のものを隠していくのはどうして?分からない・・・友情というものは奥が深い。
さて、今の私には待機の命が下っている。特に今はする事がないけれど、何処かへ諜報をしに行く事もできない。ので、武器の手入れでもしようかと思ったところで、三成様に呼び出された。呼び出されたと言っても、本当に呼ばれたのではない。私は影を駆使出来るので、ちょちょいと私と三成様の影を繋いでいて、三成様がご自分の影を二度叩く私を呼ぶ合図がくれば、いつでもどこでもすぐに駆けつける事が可能なのだ。


「羅刹、参りました。」

「ああ。」


私が影から現れても、三成様は左近様のようには驚かない。昔々、私と出会った頃。まだ三成様が、佐吉様であらせられた時。私が影から現れる度に、すごいすごいと喜んで下さったのを、私は今でも覚えている。今でもあの時のように・・・なんて事は思えないし、想像も出来ないけれど、少し寂しさを感じる。


「顔を上げろ。」

「はい。」


跪き俯いていたが、顔だけを上げて三成様を真っ直ぐに見る。一体、どのような命が下るのか、と待っていたのに、いつまで経っても三成様は口を開こうとしない。つい怪訝な顔をして首を傾げてしまうが、三成様は一点を見つめて微動だにしなかった。
三成様は、私の目を見ているようで、見ていなかった。その鋭い視線は、私の目の少し左横、丁度髪飾りのある所に注がれている。やはり、忍にこのような髪飾りは必要ないと思われるのだろう。左近様には悪いが、外してしまおう。そっと蝶に触れたところで、ようやく三成様は口を開いた。


「何故外そうとする。」

「え、忍には必要ないものですので・・・。」

「構わん。羅刹が多少目立ったところで、その実力ならば死にはしない。」

「ありがとう、ございます。」

「ようやく着飾ることを覚えたか。」

「え?」

「緋色など、貴様らしくない色を選んだのだな。」

「・・・いえ、これは自分で選んだのではないんです。」

「何?」

「ええと、左近様が。」


私がそう言うと、三成様の目つきは更に鋭さを増した。あれっ、私は今何か選択肢を間違っただろうか?ビクビクとしていると、三成様が地を這うような声で続ける。


「羅刹・・・まさか鬼面を取られたのか・・・?」

「いいえまさか!まだ素顔は晒していません。」

「では何故だ・・・何故左近は・・・ハッ!鬼面如きでは、羅刹の愛らしさを隠しきれない・・・!?」

「み、三成様。」

「くっ、こうなる事ならば、鬼面を取るのではなく、影から探せとでも言うべきだった!羅刹!これからは左近の前に姿を見せるな!気配を晒すな!口をきくな!」

「ええ!?そんな、そんな折角・・・!」

「折角!?待てその先を言うなァ!」

「折角、初めてのお友達が出来たのに!」

「・・・?」

「・・・?」


すぅ、と三成様からの殺気が消える。今にも残滅しに回りそうだった刀をしまって、二人で首を傾げて座り直す。


「友、だと・・・?」

「はい・・・お友達です、へへへ・・・。」


こうして三成様に、お友達が出来たよ報告を改めてするのは、ちょっと恥ずかしい。
そうか・・・と大分落ち着いてきた三成様の前で、まだちょっと照れくさくて頭を掻くと、遠くの方で左近様の気配がこちらへやってくるのを感じた。私はすぐに影から鬼面を取り出して装着する。しばらくすると、スパンと襖が開けられた。


「ちょっとちょっと何事ですか!?物凄い殺気が来たから、敵襲・・・あれ、羅刹ちゃんだ。」

「羅刹、友が来たぞ。」

「はい、お友達です。」

「・・・うん?」

「左近。」

「はいなんっ・・・なんでしょうか、ミツナリサマ・・・。」

「貴様、羅刹との友の壁を越えて見ろ・・・斬首してやる・・・。」

「ヒィッ!」


友の壁、とはなんだろうか。とても興味がある。友の壁というものを越えた先には、どのような関係があるのだろう?聞きたくても、なんとなく訊きづらい。越えたら左近様は斬首されてしまうみたいだし。
でもやっぱり、気になってしまう。また今度、誰かに訊いてみよう。
20140731



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