昔話をする


昔話をしようと思う。私が鬼面を付けるきっかけとなった話を。どうして急に、私の過去の話をする事になったのかと言えば、左近様にねだられたからだ。羅刹ちゃんの昔の話をして、と。眠れないと、夜番である私の持ち場まで寝巻きのままで来て、言うのだ。秘密事項でもないので、万が一偵察がいたとしても支障が無いと判断し、小さな声で話を始める。あまりお喋りは得意ではないので、解りにくいかも知れないという前置きを忘れずに。


「こんなガキ相手に俺が殺されるはずないだろう。」


一字一句忘れることのない、嘲笑いながら吐かれた私を侮辱する言葉。ずっと気にしていたことだったから、尚の事怒れてしまったのだと思う。もういい年齢だというのに、伸びない身長や幼さが残ってしまった顔立ち、あまり発育しなかった胸。豊臣軍の忍であるのに、見た目が子供のような私は、それが嫌で嫌で仕方が無かった。
影から少し見た、上杉の忍や雑賀衆の頭はそれはもう・・・いや、よそう。私が惨めになるだけだ。

閑話休題。私は、私の逆鱗に触れたその人を殺してしまった。これでもかというくらいに切り刻んで、断ち切って、バラバラに。殺せという任務ではなかった。けれど、気がついた時には、もう任務は失敗していた。
当時、秀吉様の忍をしていた私は、城に帰るのが嫌で嫌で仕方なかった。自分の怒りを制御できず、言われた任務を遂行できなかったのは、私が忍としても人間としても未熟であるからだ。この時、胸の中を渦巻いていた苦味は、今も私の中に残っている。


「羅刹か。」

「おや、今日は派手に血を浴びてきたんだね。」

「・・・秀吉様、半兵衛様、申し訳ございません。失敗しました。」

「そう・・・何があったのか、訊いても良いかい?」

「・・・。」


冷静になってみると、私以外には非常にどうでもいい理由だという事に、そこでやっと気が付いて、私は閉口しかかった。しかし、主に任務失敗の経緯を話さないわけにはいかないと、無理矢理吐き出した。
きっと、忍らしからぬ行動を咎められるのだろう。心を殺せず、何が忍だ。私は顔を上げられないままでいると、秀吉様が私の頭に手をかざす。死んだ、と思ったけれど、なんてことはない。頭を撫でられただけだった。


「確かに・・・羅刹は齢の割には幼さが残っている。」

「可愛い可愛い羅刹だから、僕はそれでも良いと思うんだけれどね・・・。それに、相手の気が緩むって事は、誰かを殺す任務の時には役に立つ。」

「ですが、舐められていると思うと、私は・・・。」

「どうしようもなく、怒れてしまうんだね。じゃあ、面でも付けようか。ねえ?秀吉。」

「そうだな。顔を見られたくなくば、隠せばいい。」

「面、ですか?」

「そうしたら、羅刹を唆そうなんて馬鹿は居なくなるね。悪い虫はつかなくなるし、一石二鳥だ。」


下がっていいよ、と何処か楽しそうな声で半兵衛様が言われるので、私は後ろ髪引かれつつその場を後にした。


「それで、数日後にもう一度呼び出されたので行ってみたら、この鬼面を贈って下さったんです。最初は、任務に失敗したのに受け取れないってお断りしたんですけれど、羅刹の為に作らせたんだと言って、半兵衛様直々に面を付けて下さって・・・。秀吉様から『似合う』なんて言われてしまったら、断るに断れなくなってしまいました。」

「そうなんだ・・・。え、じゃああれ?あんまり『可愛い』とか『可愛い』とか言っちゃうと、俺殺される・・・?」

「えっ?いえ殺したりなんかしませんよ。あの時は、完全に容姿で舐められていたので殺してしまいましたけど・・・というか、私が言うのもなんですけれど、よく素顔も知らない鬼面の忍の事を『可愛い』なんて言えますね?」

「俺には分かるんだなぁ、コレが。確かに顔は鬼だけど、頑張ってる姿とか、三成様に褒められて喜んでる時とか、可愛いなあって思うよ。」

「・・・。」

「あ、照れてる?照れてる?」

「うるさいですよ。早く寝たらどうですか。」

「まだ眠くないしー。あ、そうだ。確かしょんぼりした顔の鬼の面もあるんだっけ?」

「ありますよ。」


話してよ、と言いたげに左近様が私を見る。もう随分と遅い時間なのだけれど、本当に眠らなくて大丈夫なのだろうか?これで、明日・・・というか、今日の朝起きられなくっても、私は知らないふりをさせてもらう。

私は、実は人形を作るのが好きだったりする。町で幼子が持っているような人形から、人と見間違う程の精巧さを追求した人形まで、色々なものを作ってきた。その中でも、私の武器である操り人形には自信を持っている。人形の四肢の部分を刃物にしたのっぺらぼうのそれは、私が操れば次々と相手の首や四肢が飛んでいく。
どうして人形を作るのが好きになったのかは、またまた豊臣軍に居た時まで遡る。無心になる修行をしようと、私は大きな岩をひたすら掘った。掘って掘って、出来上がったのは秀吉様の像である。我ながらなかなかの出来じゃないか、と自画自賛していると、三成様に見つかった。


「こ、これは・・・!」

「三成様・・・あの、その、これは・・・。」

「羅刹が掘ったのか!?」

「はっ、はい!無心になる修行になるかと思って始めました。」

「素晴らしい・・・。」

「!」


三成様が褒めてくれる事なんて、当時は年に一度あるかないかの事なので、私は随分舞い上がってしまった。そうして、私は妙な方向へ努力をし始める。より、現実味溢れる像を作ろうと思い立ってしまったのだ。三成様の。
髪の毛や肌の質感、柔らかさ、色味・・・今思えば初心者らしい粗さ目立つものだったのだけれど。


「完成品を喜々として見せてみたら、引かれてしまって・・・。」

「わあ・・・。」

「あの刑部様でさえ、閉口される始末・・・。」

「そっか・・・。」

「挙句の果てには、三成様直々に粉々にされて廃棄されました。」

「廃棄されちゃったの!?ちょっと見てみたかったかも。」

「気味が悪い、と・・・。今思えばそうですね。中途半端に人間味を持たせてしまったのがいけなかったです。はっ!もしかしたら、今作れば褒められるかも・・・!?」

「今も作ってんの!?」

「ええ、悔しくて。あの時よりも、随分上手に作れていると思いますよ。まあ、被写体は私なので何とも言えませんが。」

「見せて!」

「完璧に出来上がったら、良いですよ。」

「今は?」

「ダメです。」

「ちぇー。顔見れると思ったのに。で、しょんぼり顔の鬼の面は?」

「ああ、そうでした。粉々にされて悲しかったので、急遽自分で面を掘って、悲しみを表現したんです・・・これなんですけど。」

「今どこから出したの!?」


影の中から青色の面を引っ張り出せば、左近様は驚いて面と影の間に視線を行き来させる。こんな反応は新鮮で、少し楽しい。


「これがその面です。」

「わあ、予想以上にしょんぼりしてる。」

「悲しかったんです、本当に。」


褒められると思って頑張ったのに、結果があれだ。悲しくならないなんて、おかしいと思う。そう思う時点で、私に無心になれなんて無理な話だったのだ。猿飛様のように、何事にも飄々と躱していけば良いのだろうけれど・・・修行が足りないのだろうか。
左近様が、私の手の中にある青色の面を取って、まじまじと観察する。あれ以来出番のなかった青色の面だから、久々の出番で嬉しそうだ。しょんぼりした顔だけど。不意に、左近様が面を付ける。私の顔の大きさに合わせているから、面が小さい。


「うわっ、視界せっま!よくこれで任務とか出来るね!?」

「慣れですね。」

「慣れ・・・。」


やっぱ三成様直属だけあるよ、なんて言いながら左近様が面を返してくれる。褒められて悪い気はしない。
またさっきよりも、月の位置が動いている。本当にもう、左近様には眠ってもらわないといけない。


「さあ、左近様。昔話は終わりです。」

「ええー!」

「幼子じゃないんですから、駄々をこねないでください。ほら、おやすみなさい。」

「・・・羅刹ちゃんが添い寝してくれたら寝る。」

「それ、本当に添い寝だけで終わるんですか?」

「・・・え!?」

「冗談ですよ。」

「ますます眠れなくなったかも・・・。」

「お昼寝のしすぎですよ、きっと。あんまりお昼寝してると、三成様に言いつけますからね。」

「み、見られてたのね・・・。」


おやすみ、と私の頭に接吻をして、左近様は去っていった。私は暫くしてから、左近様に接吻されたところを撫でる。こうして二人でいた時に、左近様は私の頭に接吻をしていく。町で友人同士であるだろう二人組を見かけるのだが、誰もこんな事はしていない。同性同士だからだろうか?確かめようにも他に友人が居ないので、確かめようもない。猿飛様に質問することでもないし・・・。
そう言えば、左近様が私以外にそうしているのを見たことがない。友人ではないから?


「(どんな理由があれ。)」


他の人には、あんまりして欲しくないなあ、と。相変わらず忍として未熟な思いを燻らせてしまうのだ。
20140707



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