帰りを待つ


最近、羅刹ちゃんの姿を見ない。三成様の近くで何かを報告している様子も、朝に城を見渡せる場所へ行っても、戦へ赴いた時でさえその小さな姿を見ない。他の忍をとっ捕まえて羅刹ちゃんの様子を聞いても、知らないと言われてしまった。そして、少しの間単独で任務に行っていると聞いた。
俺よりもずっと早く三成様の直属の部下になっているし、あの秀吉様や半兵衛様の下についていたこともあるという彼女だ。単独で任務へ出たとしても、無事に帰ってこられるのだろう。俺よりもずっと、そつなくこなすはずだ。


「・・・・・・。」

「五月蝿いぞ、左近。」

「なんにも喋ってないっすよ!」


鍛錬にも身が入らず、そわそわしてしまっていると、同じく鍛錬に励んでいた三成様に怒られてしまった。三成様はこんなにも落ち着いているのに、俺ときたら。いや、三成様が俺と同じようにそわそわしているところなんて、想像が出来ないけど。
羅刹ちゃんが任務へ行って、もう十日になると言う。もう十日も姿を見ていないと思う反面、このご時世、それぐらい姿を見ない時なんてザラにあるのだ。そわそわ落ち着かない俺が可笑しい。のだけれど。


「あー・・・あーあーあー・・・。」

「ええい!騒がしい!そんなに羅刹の事が気になるならば、気になる隙もない程相手をしてやろう・・・行くぞォ左近ンン!!」

「うわわわ、待ってください三成様!すんません!大人しくしまっす!」

「先程から言っている!羅刹に死ぬ許可は与えていないと!」

「でも心配じゃ無いんすか!?あんなちっちゃい女の子が一人で任務なんて!お腹空かせてないかなとか、怪我してないかなとか!」

「貴様馬鹿にしているのか!?あれは私の忍だ!一人で任務くらいこなせないでどうする!」

「た、確かに・・・っ!」

「それから、私が心配しないわけがないだろう!」

「あっ、やっぱり心配は心配なんですね!?」


三成様と刑部さんは、羅刹ちゃんを溺愛している節がある。それをあまり表に出しはしないけれど、近くで見ることの多い俺は、すぐに気がついてしまった。三成様は、羅刹ちゃんがご飯を運んだ時だけすっかり食べてしまうし、刑部さんはたまにお菓子をあげているのを見る。爺孫か。かく言う俺も、周りから見れば同じようなもんなんだろうなあ。


「只今帰りました。」

「遅かったな。」

「うおわあ!?」

「申し訳ございません。」


居ても立ってもいられないのなら、いっそ探しに行ってしまおうかと、三成様に確実に怒られる考えを思いついたところで、俺の影から鬼の面が浮かび上がった。音もなく出てきて、その場に跪く。一体いつの間に、俺の影の中に居たのだろう。
久しぶりに見た羅刹ちゃんの姿は、少し切り傷が増えて、泥やホコリで汚れている。でも、大きな怪我はしていないようだし、喋る元気もあるようなので、とりあえずホッとした。


「武田軍から文を預かって参りました。」

「そうか。・・・何故十日も帰らなかった。」

「申し訳ございません。」


羅刹ちゃんは繰り返す。会話から察するに、どうやら本当は、もっと早く帰られる予定だったらしい。小さく跪いている羅刹ちゃんが、三成様に言及される事でもっと小さくなったように見えた。羅刹ちゃんは居心地が悪そうに、少しだけ頭を下げると、ぽつりと言う。


「折角来たのだからと、猿飛様から様々な技術を学んで来ました。」

「ほう。」

「帰らなければならないと申しましたが、その、武田様が随分その気になられておりまして、それに真田様も同意され・・・唯一私を帰そうとして下さった猿飛様は、逆らえず・・・。」

「そうか・・・。」


三成様から徐々に、黒いものが纏わりついていくのが見える。今にも着の身着のまま、武田軍の方まで行ってしまいそうだ。


「まっ、まあまあ三成様。学んだって事は、羅刹ちゃんは強くなったって事でしょ?そこを喜びましょうよ!ね!次からは、誰かお供を付けるとか。例えば俺とか。」

「・・・私は武田に言わねばならぬ事が出来た・・・。羅刹は暫く休め・・・。」


俺の、割と切実な意見を無視して、三成様はゆらりと黒いものを少しずつ増やしながらその場を離れる。三成様の姿が見えなくなるまで跪いたままだった羅刹ちゃんは、やっと緊張の糸を解く。


「お帰り、羅刹ちゃん。」

「・・・ただいま。」

「なかなか姿が見えないから、何処行ったのか心配したよ。」

「そうなんですか?」

「そうなんです。だからさ、今度は俺にも何か言ってってよ。頼むからさ。」

「はい、分かりました。あの、じゃあ、左近様も教えて下さいね。」

「え?羅刹ちゃんなら、ぜーんぶ把握してるっしょ?」

「してますけど、良いじゃないですか。お友達みたいで。・・・あの、私お友達居なかったので、どの程度の事をすれば良いのかとか分からないんですけど・・・言いたくなかったら別に、」

「いやいや!分かった。俺も言うね。」

「・・・はい!」


多分、今羅刹ちゃん、すっごく可愛い顔をしたんだろうなあ。それを見事に遮る鬼面が憎い。
ところで、さっき三成様への報告の中で、気になる事を聞いた。


「そう言えば・・・猿飛って、武田の忍だよね?学ぶって、そんな簡単に色々教えてくれるもんなの?」

「ああ・・・実は私の忍の技術は、元は独学でして。」

「独学!?」

「はい。でも、出来る事は限られていますから・・・武田様のご好意で、猿飛様に色々教えて頂いているんです。その方が、猿飛様も強くなれると・・・私如きで何かしらの影響が出るとは思えませんが。」

「へえ〜。でも、またなんで忍になろうなんて思ったの?」

「幼い頃から、影に潜る事が出来たんです。それを気味悪がった私の両親は私を捨て、様々な境遇を経て私は秀吉様に拾われました。豊臣軍の忍の方々には、大変良くして頂きました。見よう見まねでやってみたり、時々しっかりと教えて頂いたり。」

「それであっという間に直属に・・・!?」

「正直、多分、こう言ってはあれでしょうけれど、贔屓目が多少あるのではないかと・・・。でも、誰にも文句を言われないように・・・主の顔に泥を塗らないように、まい進してきました。
猿飛様にご指導ご鞭撻を頂くのも、努力の一環です。とは言っても、同盟を組んでからなので、まだ日は浅いのですが。同じ影を操るものとして、学べる事はとても多いです。」

「やっぱ凄いわ羅刹ちゃん・・・あと、大先輩だって知って俺すっげー恐縮し始めたんデスケド・・・。」

「え、止めて下さい。今更お友達じゃないですとか言わないでくださいよ?」

「はは、言わない言わない。」


羅刹ちゃんは自分を卑下しているようだけれど、俺からしたら随分凄い人だと思う。きっと幼い頃から実践を積んでいるだろうし、血生臭い光景を見てきたはずだ。それでも、死ぬことなくここまで来れたのだから、胸を張っても良いんじゃないかと思う。
つい俺は、羅刹ちゃんの頭に手を乗せて、ぐりぐりと撫でてしまった。俺に、面を取る気がないと分かっているのか、羅刹ちゃんは避けずに受け入れてくれている。最初は兎に角警戒されまくってたけど、よくここまで懐いてくれたもんだ・・・あ、そうだ。


「羅刹ちゃん。」

「はい?」


ちゅ、と軽い音を立てて、俺は羅刹ちゃんの頭に口付ける。本当は頬にしたかったけれど、面が邪魔だった。


「お友達同士っていうのは、帰ってきた時にこうするんだ。知ってた?」

「そっ、そうなんですか!初耳です・・・!」

「俺にもしてくれる?ほら、お友達だし?あ、俺にはほっぺたね。」

「・・・でも、顔を見られてはいけないとの言いつけが。」

「ええっ、そんなあ!友達だと思っていたのは俺だけだったの!?」

「えっ、えっ。」


両手をわたわたと忙しなく動かして、少しだけ焦ってから、羅刹ちゃんは意を決したように拳を作る。口周りだけでも見られれば、と思っていたのに、俺の目を覆うように何かが張り付いた。取ろうと思っても俺の指には何も掠りもしなくて、もしかして忍術的なのを使ったのかと思い至る。
それはイカサマっしょ!と言おうとしたところで、柔らかいものが頬に当たった。ただ付けただけという感じが初々しい。


「うお!?やっと目ぇ開いた!」

「なんだか恥ずかしいですね。」


では失礼します、と言って羅刹ちゃんはとぷんと自分の影に消えていった。あ、三成様達には内緒だよって言うの忘れてた。まあ、鬼面を取らなくても不純な気持ちは生まれてしまったのだから、どっちにしろいつか怒られるんだろうけど。



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