朝餉を共にする
「おはようございます、左近様。」
後ろから誰かが、極力音を立てずにそろりそろりとやってくる音が聞こえたので、ああまたかと思いながら私は左近様の後ろへ移動する。すると、いざ面を取ろうとしている体勢の左近様は、驚いたように肩を跳ねさせた。
「あー、また見つかった!」
「これで何度目ですか・・・。」
後ろからこうして、奇襲にもなっていない奇襲をかけられるのは、もう両手の指の数では足りないくらいだ。こうして私の背中を見つけては、めげずに奇襲をかけているようで、最近では毎日顔を合わせている。三成様に会うよりも左近様とお話をする方が多いなんて、ザラにある。
「チャンスはチャンスっしょ?この一回で取れるかもって思ったら、賭けずにはいられないっていうか。」
「その博打癖が、左近様の身を滅ぼさない事をお祈りします。」
「ありがとー!」
「ありがとう、じゃないですよ全く。」
ちか、と水平線から太陽が昇ってくるのが見える。今日も無事に夜が明けてくれた。一晩、城を警護する役目を何事もなく終えられて、一安心する。今までは、他の忍に連絡、交代をして、三成様に報告し、少し睡眠を取るのだが、左近様と出会ってからはこの流れが崩されている。 私が夜の番をした夜明け、必ず左近様は私の持ち場へやってくる。持ち場は転々と変わるのだけれど、何故だか迷うことなく私のところへやってくるのだ。そして、攻防とも言えないようなそれをして、少しお話をする。こうして軽口を言える相手は、今まで居た事がなかったので、少し楽しい時間だと言っていい。
「では、私は三成様に報告を・・・。」
「あ、待って。」
「はい。」
「羅刹ちゃんってさ、朝餉とかどうしてんの?」
「ちゃんと食べてますよ。」
「何処で?」
「自室です。」
「一人じゃ寂しくない?」
「いえ別に・・・今まで一人でしたので。」
「いや、寂しいと思うなー。一人で食べる飯より、二人で食べる飯の方が美味しいのになー。」
「何が言いたいんですか?」
「朝餉、一緒に食べよ!」
かくして私は、これまで一度も立ち寄ったことのない食堂へ顔を出す事となった。いや、立ち寄ったことのない、というのは言い過ぎか。正しくは、正面から入ったことのない、だ。三成様直属の忍というのは、他の者から見ればそうとう地位の高い人間らしく、兵の集まるところへほいほいと行ってはいけないと教えられてきた。萎縮してしまって食事どころではなくなってしまうらしい。 これは左近様にも当てはまることなのではないのだろうか?とは思うけれど、左近様はどうやら人から好かれやすい性格をしているらしく、様々な人から声をかけられているのを目にする。
「いただきます!」
「い、いただきます・・・。」
三成様への報告を済ませ、初めて入った食堂。早朝ということでまだまだ人は少ないものの、続々とやってくる兵たちは、私を見ては驚いている。左近様に対して驚いていないのは、きっと常日頃からここへやって来ているからだろう。 目の前には、湯気の立つ朝餉。決して私から目を逸らさない左近様。ちらちらとこちらを伺ってくる兵たち。萎縮してしまうのは、むしろ私だった。そういえば、あんまりにも私が裏方に徹底しているせいか、私の存在が伝説化していると聞いたことがある。
「左近様、そんなに見られると食べにくいです。」
「え?気にしないで気にしないで!」
「・・・言っておきますけど、面は外しませんよ。」
「外さないでどうやって食べるの?」
「私を誰だと思っているんですか?」
あっずるい!という左近様の声が聞こえたけれど、それを一切合切無視して、私と朝餉を黒い霧で覆う。いつの間にか身に付いてしまった早食いで、あっという間に椀と皿を空にしてから、霧を消した。
「ごちそうさまでした。」
「はやっ!?つーかずりーよそれは!イカサマよ!?」
「そうです、忍なのでずるいんです。」
「くっそー、これならいけるって思ったのに・・・!」
食べる時なら面を外す、と考えたのだろう。まあ、私一人だけの食事であったならば、外してゆっくり食べるのだけれど、それを言うと自室まで押しかけてきそうなので黙っておく。いや、普通ならば私の自室は見つからないところにあるので、大丈夫か。
「・・・あれ?羅刹ちゃん、戻らないの?」
「え?一人の食事は、寂しいんでしょう?」
「え、あ、うん。」
「お話相手くらいには、なりますよ。」
いつも一緒に居るのは、敬うべき目上の方々ばかりで、こうして友人と同じように話をすることができる相手がいるのは、初めての事だ。こうして誘ってくれたり、お喋りが出来るのは嬉しい。と言っても、同じ年頃の娘たちよりも遥かに話題が少ない私は、左近様のお話に耳を傾け頷くくらいしか出来ないだろうけれど。
「・・・あー、早く羅刹ちゃんの顔が見たいなあ。」
「ふふ、左近様は本当に諦めの悪いお方ですね。」
「今羅刹ちゃん笑ったのに、顔見ても怒ってるし!鬼の面が怒ってるだけだし!」
「実は青色の、しょんぼりとした顔の鬼面もあるんですよ。」
「え!?それいつ使うの!?」
「ええと、しょんぼりしている時ですかねぇ?」
「そ、そっか、そうだよね。しょんぼり顔だもんね。」
その面を半兵衛様から戴いた時の事を話したら、左近様は笑って下さるだろうか。 20140611
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