鬼面の忍と島左近


「あれっ。」


あの子を初めて見かけたのは、戦の途中。一瞬、三成様の足元に、小さい影が見えたような気がした時だった。瞬きした時にはすっかり消えてしまっていたので、やべえとうとう俺にも見えてはいけないものが見えちまったと頭を抱えた。その時は必死に、あれは違うただの見間違いだと必死に言い聞かせて、なんとか乗り切った。
それから度々、三成様の影が不審に動いたり、確かに三成様は誰かと話していたのに、俺が襖を開けると三成様しか居なかったり、そんなことが続いた。気になってしまうと、どんなに小さな事でも気になってしまう。ついには、三成様は何かに憑かれているんじゃないかなんて、なんとなくありえなくもないかもしれない考えが浮かんでしまう始末。


「あの、三成様?」


俺の苦手なものでないという確証がほしい。ので、思い切って三成様に訊いてみることにした。夕刻、鍛錬を終えた三成様を捕まえて、いざ質問。


「なんだ、左近。」

「あのー、そのですね。最近、肩が重いとか思ったりとか〜・・・。」

「無い。」

「じゃあ、何かにつかれちゃったりとか・・・。」

「何が言いたい、左近。」

「・・・最近、俺には見えちゃいけないものが見えちゃってる気がして・・・。」

「くだらん。」

「でも!いつもそれが三成様の近くをちょろちょろしてるんすよ!?もう俺こわ・・・じゃなくて、三成様が心配で!」

「私の近くを・・・?」


三成様は少し考え込み、『羅刹』と言った。一瞬、何の事だか全く分からなかったけれど、それを理解する前に『はい』と返事があった。その声は右でも左でも、前でも後ろでもなく、下から聞こえてきた。ので、俺は下を見る。


「うおおお!?おおお鬼の面んんん!!!」


地面から不意に現れた鬼の面。地面というか、やけに真っ黒い影からぽっかりと浮かんでいるように現れたその面は、ずいずいとせり上がってくる。情けなくも止まらない悲鳴をあげながら、俺は走ってその場を離れた。


「ああ、そんなに驚かずとも。」

「ひいいい!ななななんだお前!三成様に取り付く悪霊か!?」

「左近貴様ァ!私の忍を怨霊呼ばわりとは、どういうことだ!!」

「ヒィ鬼が増え・・・え?しの、び・・・?」

「申し遅れました。私、三成様直属の忍をしております、羅刹と申す者です。どうぞ、よろしくお願いいたします。」

「え、ああ、俺は島左近・・・三成様の、左腕・・・。」

「はい、勝手ながら存じておりました。」


楽しげに話すその声と裏腹に、夕刻に浮かぶ鬼面が不釣合いすぎて、夢でも見ているのではないかと思ってしまう。けど、どうやら俺が思っていたのとは全く違った、ちゃんとした人間だと知ることが出来て、今更ながら安心する事が出来た。
よくよく見てみれば、その体躯は小さい。俺はこんなに小さな子にビビりまくっていたというのか。情けなさが極まる前に、それをかき消すようにその子の肩に腕を回す。


「いやーそっかそっか!忍!忍ね!あー良かった!いやあホント、あれとかそれじゃなくてホントに良かった!もー忍が居るなら居るって言ってくださいよ三成様ー!あっははは!」

「・・・左近様は、霊の類がお嫌いで?」

「え?あ、それよりも『左近様』なんて堅っ苦しい呼び方じゃなくていーって!多分、俺よりも先輩っしょ?」

「ならば左近、羅刹に対しそのようなふざけた態度を改めろ。」

「あ、いいんです三成様。私はただの忍なのですから。」

「でさ、羅刹ちゃん、いつまでその鬼面してんの?ちょっと外して、」


鬼面の顎に手をかけたところで、ぞわりと背筋に冷たいものがよぎる。流石は石田軍に仕える忍。音もなく仕込み刀を取り出して、一瞬で俺の首筋に当てていた。俺は静かに鬼面から手を離し、両手を挙げて降参する。


「やめておけ。羅刹は秀吉様と半兵衛様。そして私と刑部にしか素顔を晒す事を許していない。」

「え・・・なんで・・・。」

「あまりに下らない理由なので、左近様は知らなくて良いですよ。」


そう言いながら、羅刹ちゃんは仕込み刀を一瞬で何処かに消し去る。そこでやっと殺気が緩くなったので、身体の力を少し抜く。完全に無くなっていないのは、三成様からちょっとだけ殺気を感じるからだ。俺が何したってんだ。その厳つい面を取ろうとしただけじゃないか。


「俺には見せてくれないの?」

「三成様からの許しがなければ。」

「みっ、三成様〜?」

「許さん。」

「・・・左腕なのに・・・。」

「私の顔なんて、見たって仕方がないじゃないですか。」

「いや!俺には分かる・・・羅刹ちゃんは絶対可愛い!」

「はあ。」

「だから、きっとこれからの俺のやる気に関わってくると・・・はっ!違いますよ!?羅刹ちゃんが居なくたってやる時はやりますけど!」


どうしてそんなに拒まれるんだ。見るに堪えない傷があるとか?それならば、本人が嫌がるだけならまだしも、三成様がどうしても許しを出してくれないのは何故。俺が言っていたように、ホントに可愛い子で、あんまり見せたくない、とか?三成様に限ってそんな事が・・・。
ここまでくると、どうにも気になってしまう。でも、下手に手を出してしまえば急所を一刺しだ。でも見たい、どうしても見たい。


「良いではないか、三成よ。」

「刑部!」

「刑部様!」

「跪かずとも良い、ヨイ。」


膠着状態になってしまって、羅刹ちゃんがおろおろし始めた頃、どこからか刑部さんがやってきた。面白そうに目を細めているのを隠そうともしないで、三成様に言う。


「羅刹の鬼の面を剥ぐ事が出来たなら、それはそれは、凄い事よ。」

「いえそんな、たいそれた事では・・・。」

「これまで、我らの前で以外、その面が取れた事がかつてあったか?三成。」

「ない。ある訳がないだろう。」

「では、ぽっと出の左近に取れるはずが無いではないか?」

「ぽっと出って・・・。」

「なに、修行の一環よ。羅刹の面を取れずして、いつか右腕になぞ、甘いアマイ。」

「・・・!」


くっそ・・・刑部さん、完全に楽しんでいる。でも確かに、なめてかかっているワケじゃないけれど、こんな小さな忍一人に勝てなくて、右腕になんてなれるわけがない。これは、一層やる気が出てきた。


「お願いします、三成様!俺に、羅刹ちゃんの鬼面を取る許可をください!」

「え、え。」

「・・・勝手にしろ。」

「えええ。」

「よっしゃ!」

「ただし、万が一億が一、羅刹の鬼面を取ったのち、貴様の中に不純が現れた時・・・貴様の命は無いと思え。」

「はい!・・・はい?」

「ヒッヒッヒ・・・相も変わらず、過保護なヤツよ。まぁ、太閤らも、それを許しはしないだろうがな。」

「・・・羅刹ちゃんって、何者なの?」

「三成様直属の忍になる前は、豊臣軍の忍でした。」

「それだけ?」

「はい。」

「ホントに?」

「はい。」

「鬼面取って?」

「いいえ。」

「ちぇーっ。」

20140524


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