振り返る


ふう、と息をついて、私は情報収集を止めることにした。一応、ざびーらんどとやらには来て見たけれど、これといって石田軍にとって脅威になりそうなものは無い。ただ、変わった作りの豪勢なざびーらんどのその金の出処を聞いて、周辺の民は大丈夫なのかと心配にはなったが。ざびーらんどが一望できる山の、一本の木の枝から様子を伺いながら、私たちには関係の無い事だと思考を切り捨てる。広い広いそれは、金は腐るほどあるぞと主張するように、夜だというのに煌々と輝いていた。
しかし、このままでは三成様に報告する事が何もない。あんまりにも『仕事をした』という気持ちになれなくて、何処か動きのあるところへも行ってみようかという気になった。ここらで今、動きがありそうなところは・・・。


「!」


上体を反らすと、苦無が私の目の前の空気を裂いた。正面から飛んできたという事は、私と同じような高さに居たという事。もしや、さびーらんどに居る忍に勘付かれたか?地面に着地すると同時に、また苦無が飛んでくる。私も短刀で応戦。最後の一本を上へ弾きあげ、掴む。見たことのない型の苦無だ。


「見事だよ。流石は、石田三成直属の忍というところかね。」

「・・・。」


鋭い瞳が、私を見透かすように射る。・・・何故、こんなところに松永久秀が居るのだろうか。それに、隣に居るのは風魔小太郎ではないか?風と共にフッと現れた彼は、相変わらず口を開かず、真一文字に閉じたまま動かない。どうして、松永久秀と行動を共にしている?彼は、北条の忍ではなかったのか?


「そんなに緊張する事はない。何、卿にはこれから、消えてもらおうと思っていてね。」

「消え、る?言われなくとも、すぐに目の前から消えますよ。」

「分からないかね?消えるとは、ただ居なくなれば良いという事ではない。」


勿体ぶったような話し方をする。分かっている。私は今、窮地に立たされている。危ない、と私の本能は警鐘を打ち鳴らしていた。逃げなければ。私はまだ、三成様から死ぬ許可を頂いていない。
とぷり。影の中に消えてしまおうと足を沈ませようとしたところで、影が無くなった。一気に私の背ほどまでせり上がってきたのは、炎。私は慌てて地面を蹴り、炎から逃げる。


「!」


また苦無が私を貫こうと飛んできた。間一髪、肌に触れることはなかった。苦無には何が塗られているか分かったものじゃない。あれに当たればきっと、毒に侵され殺される。当たらなくても、炎が下から私を包めば、死んでしまう。どうしたらいい。応戦するか?この二人に、勝てるのか?


「抵抗はよし給え。大人しくしていれば楽に殺してあげよう。」

「・・・何故、殺す事に拘るのです?私も忍の端くれ。何か欲しい情報を引き出したいのでは?」

「いやいや、私にはもう優秀な忍が居るのでね。」

「では、何故?」


ニヤリと、松永久秀が笑う。


「卿が死ねば・・・卿の主はどうなるだろうね?」

「どう・・・?」

「徳川家康を利用しても良かったが・・・まずはこちらが気になってね。」

「三成様が狂乱される様子が見たいのですか?悪趣味ですね。」

「それだけではない。卿は、ただの忍にしては随分、可愛がられているそうじゃないか。なれば、心乱すのは卿の主だけではない。もしかすれば、かの覇王でさえも・・・。」

「残念ながら、ありえませんよ。覇王様が、私が死ぬだけでお心を乱すとでも?」

「さあ?それが分からないから、私は知りたい。」


殺気が私を包む。短刀だけでは応戦出来ないので、私は影から操り人形を二体取り出した。戦でない限り出番のない武器だったが、今ここで使わねば私の命が本当に危ない。影の糸で繋がったそれは、踊るように斬撃を繰り出す。
容赦なく来る爆発と、私よりも遥かに技術のある忍からの攻撃は、受けるだけで精一杯だ。それに、松永久秀の爆発は厄介だ。ザビー教の輩に知られたら、もっと大変なことになる。ただ、死者が増えるだけだ。


「くっ・・・!」

「追え、風魔。」

「・・・。」


でも、佐和山に帰る訳にもいかない。ちゃんとこの二人を振り切ってからじゃないと、三成様の城に敵を連れて帰ってしまったようなものだ。ああ、じゃあどうしたらいい。私の実力じゃ、勝てない。悔しい。悔しい。何が三成様直属だ。これでは、主に顔向け出来ない。


「しまっ・・・!」

「・・・。」


苦無の一本が、私の右腕を深く裂く。止めなきゃ、毒が回るのを、阻止しなきゃ。


「・・・。」


あ、と思った時にはもう遅く、風魔小太郎に追いつかれてしまった。木から木へ移ろうとしていた途中に、捉えられる。重たい拳が私の腹を抉り、地面へ叩きつけた。糸がなくなった操り人形はバラバラになり、虚しく転がる。


「う、ぐえっ・・・げっほ、あ゛・・・。」


駄目だ、まだ伏すには早い。幸い、まだ松永久秀は来ていない。一人だけなら、さっきよりも勝算は上がる。私は痛む腹を無視して、再び操り人形に命を灯す。


「ああああ!」


まだ死ねない。死にたくない。私が死んだら、きっとまた三成様は不眠不休でご飯も食べないで暴れまわるだろう。それを刑部様や左近様にお任せするのはしのびない。それに、まだ左近様に私の鬼面を取って貰っていない。私も、面を通してではなく、素顔で貴方の笑った顔を見たかった。


「終わったかね?」

「・・・。」


風魔小太郎は、やはり強かった。私の体に毒が回ってきたというのもあるが、それを抜きにしても、私一人では勝てない。松永久秀の言うとおり、優秀な忍だ。私のような、独学でやってきた者では、到底敵わない。あちこち斬られ、殴られ、私はもう満身創痍だった。逃げよう、逃げ、よう。


「おや、折角の鬼面が何処かへ飛んだか。このような可愛気のある顔立ちとはね。」

「・・・。」

「さて、風魔よ。これを佐和山へ運ぼうか。」

「・・・。」

「愉しみだよ。これからがね。」

「・・・。」

20140926



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