去る


外が明るくなり始めた頃、バタバタと誰かが走り回る音が聞こえた。眠気で頭が回らないが、遠くで聞こえた『三成様を呼べ』という叫び声が聞こえて、眠気が吹っ飛んだ。奇襲か?俺は急いで着替えをして、三成様の元へ急ごうとした。が、一歩進んだところで誰かが上から降ってきた。


「左近殿。」

「!、あんたは忍の・・・偉い人。」

「早く門へ。」

「は?」


それだけを言うと、再び天井へ。なんとか目で追えたのは、普段羅刹ちゃんの動きを見ているからだろうか。そうだ、門へ行かないと。詳しいことは聞いていないが、きっとそこに奴さんがいるのだろう。それにしても、珍しい時間に奇襲をかけたものだ。どうせなら夜中に来ればいいのに。晩は月のない、奇襲をするには持って来いの夜だった。
門が見えてくる。さあ、戦況はどんなもんかね?と見回してみるが、誰も刀を交えている気配がない。むしろ、門の真下に寄って集って団子状になっている。あれ?俺の出番、無し?出遅れたなあ、三成様に怒られっかも・・・と、そうっと近付く。すると、その団子の一番外側にいた兵が俺に気付いて声を上げた。


「左近殿!」

「シーッ、声でかいって!」

「・・・左近殿、どうか、取り乱さないで下され。」

「うん?」


人集りが割れる。その中心には、三成様が跪いていた。その横には、珍しく神輿を浮かせていない刑部さんもいた。二人共顔を俯かせて、何も言わない。集っていた兵の顔を見れば、みんな暗い表情をしていた。嫌な予感で、俺の心臓がキリキリと痛んでくる。みんなは、何を見たんだ?


「三成様?刑部、さん?」


三成様は、俺の呼びかけにピクリともしない。刑部さんだけが、俺を見た。が、すぐに視線を元に戻した。そういえば、羅刹ちゃんは?ああ、そうだ。あの子は今、南の方へ情報収集に行くと言っていたっけ。


「羅刹。」


三成様が低く言う。だから、その羅刹ちゃんは今、外へ行ってるんだって。三成様が命令したんでしょ?忘れちゃったんすか?


「羅刹、目を開けろ。」


三成様は、何かを抱えているみたいだ。後ろから覗き込んで見ると、それは女の子だった。可愛い顔立ちだけれど、肌の色は血の気がない。死んでる、みたいだ。三成様はその子に向かって、羅刹と言った。俺も、その服装には見覚えが有る。いや、見覚えがあるなんてもんじゃない。ずっと、見ていたじゃないか。
違和感があるのは、顔が見えるからか。俺がずっと、見たい見たいと切望していたその顔。いつもの鬼面は、何処へ?俺があげた、蝶の髪飾りは?羅刹ちゃん、あれほど大事にしていたじゃないか。俺に顔を見られたら、三成様に怒られるんだろ?じゃあ、こんなところで寝ている場合じゃないっしょ。ねえ?


「羅刹、ちゃん?」

「目を開けろ、左近でさえ目を覚ましているぞ。羅刹、羅刹・・・!」

「・・・。」

「刑部さん、これ、は?」

「・・・門番によるとな、目も開けていられないほどの風が吹き・・・次に目を開けたら、羅刹が横たわっておった・・・ラシイ。」

「目を開けろォ!羅刹!!」


一斉に鳥が飛び立つ。日が差して、明るく俺たちを照らすが、羅刹ちゃんの白すぎる肌が強調されるだけだった。


「許さない、許さないぃい!!何故死んだ!どうして私の元を去る!何故、何故・・・!」

「ヤレ三成、強くしすぎると折れる。今の羅刹は、脆すぎる。」


左近、と刑部さんに呼ばれ、いつだったかのように怒りを爆発させてしまいそうな三成様から羅刹ちゃんを離す。横抱きにした羅刹ちゃんは何処にも力を入れてなくて、ダランとしていて、冷たくて、思っていたよりもずっしりくる。前運んだときは、そんな事無かったのに。
傷だらけだ。中には深い傷もある。服も泥だらけだ。痛かっただろうに。苦しかっただろうに。ああ、どうして俺はその場に居なかったんだ。糞、ちくしょう。


「左近、羅刹を私の部屋へ運べ・・・。」

「え、でも、そんな事したら。」

「傷の手当てと着替えを女中に頼め。それ以降、誰であろうが私の部屋へ入る事は許さない。刑部でさえもだ。誰も、入るな。」

「・・・。」


恐ろしいぐらいの静かな怒りを湛えて、三成様は淡々と、恐ろしいことを言う。そんな事をしたらどうなるかなんて、想像に難くない。


「ダメだ、三成様。それは・・・!」

「口答えは許可しない!待っていろ、羅刹・・・必ず、必ずお前を殺した輩を斬首し、残滅し、死んでも殺し、羅刹を死に至らしめた事を後悔させる・・・!」


うわ言のように吐き出すと、三成様はふらりと立ち上がって、そのまま城を出て行った。それを止めようと立ち上がると、刑部さんが俺より先にその背中に付いて行く。


「刑部さん・・・。」

「羅刹は任せた。三成は我に任せよ。」

「・・・。」


二人を止める言葉が見つからなくて、俺はその場に立ち尽くす。心配そうに俺を見ている兵の視線を受け止めながら、俺は二人とは逆の方へ歩き出した。
まだ、実感が湧かない。本当に死んじゃったの?大した任務じゃないって言ってたの、羅刹ちゃんじゃん。油断しちゃったの?馬鹿だなあ。


「馬鹿、だよ・・・ほんと・・・。」


こんな最悪な形で、羅刹ちゃんの顔を見たくなかったよ。両目は瞑ってしまっているけれど、きっと開けたら大きくてぱっちりとしているに違いない。それを縁ったであろう睫毛は長い。小さな鼻に、ぷっくりとした唇。色を失って、乾燥をしているのかカサカサしているようだ。丸くて柔らかそうな頬は、きっと今触ったって、柔らかくなんてないのだろう。傷もついてしまって・・・もう、女の子なんだから顔に傷作っちゃ、ダメでしょ。
触れる勇気なんて、無かった。こうしてダランとしている身体を横抱きにしているだけで、精一杯だった。あちこち触れて、冷たさと固さを感じてしまえば、俺は。


「・・・っ、羅刹ちゃん。羅刹・・・!」


ねえ、鬼の面付けたまんまで良いから、また笑ってよ。飽きもせず面を取ろうとする俺を、呆れたように笑ってよ。一緒に御飯を食べたり、サボってる俺を怒ったりしてよ。


「羅刹、好きだよ・・・好き、なんだよ・・・!」


返事を、聞かせてよ。
20140907



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