あの子 | ナノ
キッチンの秘密

随分と早く起きてしまった。怖い夢を見たとか、鯰尾がやたら身体をひっつけてくるとかそんな事はなく、ただ単に目が覚めてしまった。二度寝というものをしてみようかと思ったが、二度寝とは『人の時間を奪っていくそれはそれは恐ろしいもの』だと主が言っていたのを思い出して、結局布団から出る。両脇で寝ている鯰尾と骨喰を起こしてしまわないように、全ての行動をそろりそろりと慎重に。
顔を洗うために洗面所に来れば、はやり誰もいなかった。どこもかしこもシンと静まり返っている本丸を見るのは初めてで、落ち着かない。主から貰った、黒色の髪ゴムで簡単に髪の毛を結って、少しだけ水を出して顔を洗う。私の髪の毛を持ちたがる二人は、私が先に顔を洗ったと知ると、ちょっとだけ機嫌が悪くなる。多分今日も、ちょっとだけ悪くなる。それにしても、どうして私の髪の毛を持ちたがるのだろうか?いつか堀川が言ったように、そんなに手触りが良いのだろうか・・・自分で触ってみたけれど、五虎退の方がよほど触り心地が良い。
顔を洗い終わって、さてどうしようかと考える。眠っている二人を起こすわけにはいかないから部屋に戻れないし、かと言って畑や馬を見に行っても、何をしたら良いのか分からない。何度か手伝いをしたことはあるものの、間違った事をしてしまってはいけないから無用意に手出し出来ないのだ。


「・・・いい匂いがする。」


適当に歩いていると、台所から微かにいい匂いがするのに気がついた。これは多分、出汁の匂い。お味噌汁には欠かせないものだと聞いている。もしかして、同じように早起きした誰かが朝ご飯の準備をしているのだろうか。そろりと台所の入口を覗いてみると、そこに居たのは燭台切だった。


「おはよう、燭台切。」

「わ、おはよう椿ちゃん。びっくりしちゃった。今日は早起きなんだね。」

「ああ。目が覚めた。」

「ごめんね、朝ご飯はまだ出来ていないんだ。」

「・・・手伝っても良いか?」

「勿論!助かるなあ。」


笑顔で燭台切が迎えてくれたので、私は台所に足を踏み入れる事が出来た。通りがかりはするけれど入ったことがなかったここは、未知の世界だ。大きな食器棚に、湯気を上げる見たこともないくらい大きな炊飯器。オーブンもやたらと大きくて、一度に本丸にいる人数分の魚を焼けてしまいそうな大きさだ。


「でも、料理はまだした事がないから、期待しないでくれ。」

「じゃあ、少しずつ覚えようね。まずはそうだな・・・ほうれん草のおひたし、やってみようか。」

「おひたし。水に浸すのか。」

「残念、お湯だよ。」

「お湯か。」

「あ、椿ちゃん待って。」

「なんだ?」

「髪型、適当に纏めただけだろう?女の子なんだから、きちんとしないとね。櫛は持ってないから、今は纏めるだけ纏めちゃうけど・・・また後で、可愛くしてあげるからね。」

「可愛く?」

「椿ちゃんは髪の毛が長いからね。きっと色んなアレンジが出来るよ。」


そう言いながら燭台切は、私の髪の毛を簡単に手櫛で梳いてから、あっという間に結ってくれた。ポニーテールにしてくれたのかと思いきや、お団子のように丸く纏められていた。それに感動していると、これに水を入れてね、と大きな鍋を渡された。早速取り掛かる。ダン、とシンクに鍋を置いて、言われた通り水を入れた。


「コンロは何処?」

「ここだよ。」

「・・・平らだ。」

「主の時代は、みんなこれらしいよ。あいえいち、と言ったかな。火が出ていないのに、お湯を沸かしたり、野菜を炒めたり出来るんだよ。掃除もしやすいし、かっこいいよね!」

「おお・・・ハイカラだな!」


お湯が沸くまで時間がかかるらしいので、その間にズラリと並べられたお盆に、おひたし用の小鉢や魚を乗せる皿、箸を配っていく。そうしているうちに、いつの間にか鍋の中の水はぐらぐらと煮立っていて、もうもうと湯気を立たせていた。


「塩を入れて茹でて、それから冷たい水にさらすと、ほうれん草が綺麗な緑色になるんだよ。」

「へえ。」

「量はこれくらいかな。ほうれん草はもう洗ってあるから、後は茹でるだけだよ。」

「ほうれん草、こんなに茹でるのか・・・?」

「あはは、茹でると大分小さくなっちゃうからね。あ、茹でる時は根っこからね。」


がさりと両手でほうれん草を掴んで、相変わらずぐらぐらとしている鍋の中に根っこから入れる。そして、菜箸で少しつついてやれば、あっという間にしんなりとして鍋の中へ入ってしまった。そして少しもしないうちに、燭台切がもうあげても良いよというので、慌ててほうれん草を掴んでボウルに張られた水の中へ入れた。それを繰り返して全部茹で終わると、燭台切の言った通り、随分と少なくなったように見えるほうれん草の山が出来ていた。


「今度は絞って水気を取るんだ。」

「絞る?雑巾みたいに?」

「雑巾みたいにされたら困るなあ。こうやって、ぎゅってするだけ。」


同じようにぎゅっとほうれん草を握ってみれば、ぼたぼたと水が落ちる。もういいだろうと改めてほうれん草を見れば、それは随分と細くなってしまっていた。さっきまで、元気に茂っていたほうれん草が、今やこんなにも細くなってしまっている。しかしその姿は、いつも小鉢の中で見ていたものと同じものだった。
何度か繰り返していくうちに、全てのほうれん草がくったりとなった。なかなかの重労働だった・・・料理も侮れない。


「これを切れば完成?」

「そう。鰹節と、白ごまをかけてね。」

「私にも出来たな。」

「うん、初めてにしては上出来だよ。」


燭台切が、私の頭をぽんぽんと撫でる。今まで出来なかった事をこうやって褒められるのは、嫌いじゃない。少しだけ口角が上がってしまうのが、自分でも分かった。


「良かったら、また手伝わせて欲しい。今は足手纏いだけど、きっと今に上達してみせるよ。前の主が料理上手だったから。」

「楽しみにしているよ。」

「で、後は何をすればいい?」

「もう盛り付けるだけかな。その時には、何人か手伝いに来てくれるんだ。」

「・・・早いな。」

「仕込みは前の晩にしていたからね。じゃ、僕は櫛を持ってくるよ。」

「櫛?なんでだ。少しは休憩したらどうだ?」

「つーちゃんの髪の毛を可愛く決めようと思ってね!あ、つーちゃんって呼んでいい?」

「つーちゃん。」

「アレンジが完成したら、さっきみたいに笑ってくれると嬉しいな。きっと可愛いよ!」


それから、燭台切の成すがままに髪の毛をアレンジされて、三つ編みとはまた違う髪型が完成した。燭台切が、持っていた端末で検索をして、編み込みハーフアップというものをやってみたらしい。触って確かめようものならすぐに崩れてしまいそうなので、私は確かめられないままだ。
そうしているうちに、そろそろ盛りつけをしなければならない時間になったらしい。結局、燭台切は休憩出来ないまま、お味噌汁の入った鍋に火をつけた。


「燭台切さんおはよー。あれ、椿ちゃんも居る!」


そこに現れたのは主。どうやら手伝いに来たようで、もうすでにエプロンをつけている。この場所の主だと言うのに、食事の準備を手伝うのかと内心驚いた。


「おはよう、主。」

「丁度いいところに!つーちゃんを見てよ。決まってるだろう?」

「えっ、あー!ホントだ!可愛い!」

「自分ではよく分からない。」

「私も椿ちゃんとお揃いにしたい!」

「はいはい、これが終わったらね。」

「わーい!あ、椿ちゃんに髪飾り貸してあげる!っていうか、あげる!むしろ今日買いに行こうよ!」

「今日?今日は浴場のカビ掃除を・・・。」

「午前中!午前中だけ!」

「わ、分かった。」

「万事屋へ行くのかい?それなら、化粧もしないとね。」

「け、化粧?そんなの、必要ない。」

「確かに必要ないくらい美人だけど、椿ちゃんが化粧したとこ見たい!やったことないなら、私がしてあげる。あ、でも次郎さんの方が上手かも・・・。」

「遠慮する・・・。」

「君、つーちゃんの事ばっかりで、自分を疎かにしないようにね?」

「はーい。」


私の拒否の言葉は二人に届かなかったようで、問答無用で着飾らされた。主は、元から着ていた制服しかない事に嘆いていたようだけれど、服まで着替えをしなくても良いと思う。主は、今度自分の私服を持ってくると言っていたけれど・・・困ったことになりそうだ。案の定、着飾ってしまったので、予定していたカビ掃除は出来ずじまい。作業をする時には、堀川に頼んだほうがいいのかもしれない。
20150502
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