あの子 | ナノ
魔法の言葉のその効力

猫かと思ったら虎だった。前の主は、テレビの向こうへ行ってクタクタになって帰ってきた時でも、家の近くでたむろしていた猫を触って、癒されていたようだった。それを思い出して、猫というものはそんなに気持ちが良いものなのかと思って近づいてみたら、虎だった。
この前見たテレビ番組で、虎はすごく強くて怖い生き物だと言っていた。それは人間よりも大きな虎で、草食動物を牙剥きだしでむしゃむしゃと食べていた。・・・この虎は、それこそ猫ほどの大きさだけれど、それなら指ぐらいなら食べられてしまうんじゃ?ぐるぐると、あのテレビ番組の虎の様子が脳裏を巡る。
蛇に睨まれた蛙ならぬ、虎に睨まれた刀。私は虎から目が離せない。目を離したら食べられる・・・脛をかじられる・・・!


「!」


先に動いたのは虎だった。足並み軽く、こちらへ近づいてくる。情けない事に動けないままでいると、虎はその身体を私の足に擦りつけた。そして、ぐるぐると私の足を八の字に回ってみたり、靴の匂いを嗅いだりしている。獲物の品定めか・・・!
それから暫くしても、私の足は一向に食べられない。恐る恐る下を見れば、また虎と目があった。可愛い気が・・・しなくも、ない。


「あっ、居た、虎さん・・・!」

「!」


驚いた。小さな子供が、両腕にそれぞれ虎を抱え、後ろにも二匹虎を従えてこちらにやってくる。ここでの小さな子供は、確か短刀だったか。


「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!僕の虎さんが、迷惑かけて・・・。」

「め、迷惑じゃない・・・その、大丈夫?」

「え?」

「齧られたりしないのか・・・?」

「大丈夫ですよ!大人しい子たちばかりですから。」

「そう、なのか・・・?」

「あの、あの・・・良かったら、撫でてあげてください・・・!」


この、気の弱そうな子が抱えているのだから、きっと大丈夫なのだろう。そう思いつつも、恐る恐る膝を折って、手を伸ばして触ってみる。前の主がやっていたように、ちょいちょいと耳の後ろをかいてやれば、虎は気持ちよさそうに目を閉じた。


「おお・・・おお・・・!触れた!触れたぞ!」

「はっ、はい!」

「・・・もっと触っても大丈夫?」

「勿論です!えへへ、いっぱい触ってあげてください・・・!」


しゃがんで、今度は背中を大きく撫でてみる。なるほど、前の主がやみつきになってしまうのがよく分かる。猫と同じ触り心地なのかは知らないけれど、虎もなかなか良いものだ。それに、私が撫でる事によって、虎が気持ちよさそうにしてくれるのも嬉しくなる。


「うりうり、可愛いなあ。」


思わず微笑んでしまうほど、可愛い。世の中の動物という生き物は、どれもこんなに良い触り心地なのだろうか?となると、前の主と一緒に行動をしていた『クマ』の毛は、どんな触り心地だったのだろう。とても自慢の毛並みだったらしいから、気になるところだ。
そうだ、いい加減にこの短刀の名前を訊かなければならない。名前も知らないのに、こうして虎を触るなんて失礼だろう。
本当はもっと前から知りたかったのだけど、短刀の子たちは私を怖がっているようで、なかなか近づいて来ないのだ。私も、むやみに怖がらせてはいけないだろうと思って、不用意に近づかないようにしていた。だから短刀で名前を知っているのは、薬研くらいなものか。


「とても失礼で申し訳ないが、名前は?」

「えっと、虎さんの名前ですか?」

「違う、君の名前だ。」

「僕は、五虎退です。」

「五虎退・・・教えてくれてありがとう。」

「・・・薬研くんの言った通りだ・・・。」

「?」

「ごめんなさい!・・・本当は、椿さんの事、ちょっとだけ怖くって・・・。」

「ああ、それは分かっていたよ。」

「薬研くんは怖くないって、言ってたんですけどぉ・・・でもやっぱり、うぅ・・・。」


五虎退はまた謝って、あまつさえ泣きそうに瞳を潤ませる。別に泣かせたかったわけではないのに・・・どうしたら良かったんだ。気にしていないから泣くなと言って、五虎退の帽子をとって頭を撫でてみる。和泉守の頭の撫で方は参考にせず、ゆっくりと柔らかく撫でる。これは、虎を撫でる以上に難しいかもしれない。


「ふふ。」

「笑ったな。」

「椿さんの撫で方、くすぐったくて。」

「そうなのか。」

「もうちょっと、力を入れても大丈夫です、すみません。」

「こうか?」

「はい!・・・主様に撫でられるのも好きだけど、椿さんに撫でられるのも好きになっちゃうかも。」

「私で良ければ、いつでも撫でよう。」

「わあ・・・!あと、あの・・・。」

「ん?」

「お姉ちゃんって、呼んでも良いですか・・・?」


はにかみながら五虎退がそう言った時、なんとも言い表せられない衝撃が襲ってきた。今なら、お兄ちゃんと呼ばれて機嫌が良くなった和泉守の気持ちが分からないでもない。前の主も、あの年の離れたあの子からお兄ちゃんと呼ばれたとき、こんな衝撃が襲ってきたのだろうか・・・。


「ああ、構わない。」

「みんなにも、お姉ちゃんは怖くないよって、言っておきますね!」

「そうしてくれると助かる。」

20150413
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