君は可愛い紅
「椿!これの使い方は知っているか?」
縁側で、短刀たちの布団を干していると、大きな足音を鳴らしてこちらにやってきた和泉守が、黒い薄い板のようなものを私に向けてそう言った。呆然とする私と、ドヤ顔をしている和泉守。そして縁側いっぱいに並べられた布団。外から見たら、大変シュールな空間なんだろうなあと思いながら、私はそれをまじまじと見た。
確か、私の居た時代の携帯電話に似ている。前の主のは二つに折れるものだったけれど、テレビのCMではこのような形をしていた。スマートフォンと言ったか。しかしこれは、携帯電話にしては大きいような気もする。現に和泉守は、それを片手でなく両手で持っているのだ。少し考えて、私は答える。
「テレビか。テレビは知っている。それはもしかして、風呂に持っていけるテレビか?」
「いーやいや、違うぜ。これはな、今日の内番が誰かとか、隊員の構成に変更があった時とかに見るもんだ。それに、主とも・・・めーる?で文が一瞬で送れる!」
「スマートフォンの大きいバージョンか。」
「すま?」
「それは、私が見ても大丈夫?」
「おっおう!仕方ねえなぁ、見せてやるよ!」
和泉守は、干している布団の上にどっかり座って、すいすいと画面を弄り始めた。出来れば布団から退いて欲しかったけれど、なんだか楽しそうにしているのに水を差すことはしたくない。私も和泉守の隣に座って、画面を覗き見た。
「これが、今日の内番な。」
「馬の世話と、畑と、手合わせ?」
「ああ。基本はこの二人だが、たまに手伝ってる奴とかも居るぜ。」
「そうか・・・じゃあ、私も手伝いがしたいな。皆のように、戦ったり遠征へ行ったりは出来ないようだから。」
「そうなのか?」
「一度、行ってみたいと言ったんだけどな。こうやって、何処かへ行くには登録が必要だろう?上にバレる可能性がある。」
「・・・代わりに行ったらバレないんじゃないか?」
「代わり?」
「とりあえず俺たちの名前で登録しておいて、いざ行くって時にはお前が行くんだよ。」
「頭良いな、和泉守。」
「当たり前だろ?」
「そうだ、早速メールで主に言ってみよう。」
「おっ、良いなそれ!」
和泉守がメールを書くところを出してくれる。そう言えば彼は、物凄い速さでメールをしていたなあ・・・。私はと言えば、人差し指で恐る恐るパネルを触ることしか出来ない。
「お、おお・・・押した感覚も無いのに、文字が打てる・・・。」
「不思議だろ?まあいずれ慣れる。」
「・・・和泉守、漢字の変換が出来ない。この欄には私の書きたい漢字が無いんだ・・・。」
「それはな、ここの小さい矢印をだな・・・。」
和泉守に教えて貰いながら、四苦八苦して打った初めてのメール。文章の最後には、ちゃんと自分の名前を添えておいた。これが一瞬で主のところへ届いてしまうと言うが、あまり信じられない・・・。
「ま、主がすぐにメールを見られるかどうか解らねえが・・・いい返事が来ると良いな。」
「ああ。」
「そしたら、最初は俺と同じ隊で行こうぜ。俺のカッコイイとこ見せてやる。」
「待て、私の力が何処まで通じるのか知りたいんだ。私にも出番を残しておいて欲しい。」
「雑魚一匹倒せなかったりしてな。」
「ありえるな・・・足でまといにはなりたくないんだが・・・。」
「手合わせでもしときゃ良いんじゃね?」
「・・・誰か一緒にやってくれるだろうか。あ、鯰尾と骨喰なら、」
「俺がやってやるよ!」
「うわ。」
和泉守がぐしゃぐしゃと私の頭を乱暴に撫でる。少し痛いけれど、まあ撫でられるのは嫌いじゃない。
「他に解らない事があれば訊けよ?」
「解らない事。」
この姿形になってから、解らない事なんて両手両足の指ではとても数え切れない程ある。お風呂が好きなのに入りすぎると気持ち悪くなるのは何故かとか、へし切り長谷部がやたら睨んでくるのは私が異端なせいなのかとか、主がたまに爺が来ないと叫んでいるのが聞こえるが爺とは誰なのかとか・・・。
訊きたいことは、それはもう沢山ある。けれど、この質問を和泉守にぶつけるのは、いささか違うような気がした。和泉守は私からの質問を待っているのか、期待を込めた瞳で私を見てくる・・・どうしたものか。ううん、と唸り声をあげて・・・一つ、和泉守の髪の毛が気になった。
「これは、どうやって編んでいるんだ?」
「これか・・・。」
「?」
「確かな。」
和泉守は自らの髪の毛をひと房掴むと、それを三つに分けた。それから。
「・・・。」
「・・・?」
和泉守は動かなくなった。当の本人は、気難しそうな顔をしている。
「あれっ、兼さんと椿ちゃん・・・こんなところで何してるの?」
「国広!」
「堀川。和泉守が、色々な事について教えてくれた。メールとか。」
「ああ、端末見せてたんだ。そうそう、椿ちゃん布団干してくれてありがとう。座ってちゃ意味ないけどね。」
「ち、違う、サボってた訳じゃ・・・いや、サボってたのか?これは?」
「あはは、怒ってないよ。だって兼さんが僕に、張り切りながら『椿のとこ行ってくる』って、」
「国広ぉ!余計な事言うんじゃねえよ!」
堀川はカゴに洗濯物を入れていて、これから干すところだそうだ。私は手伝うために、布団の上から立ち上がる。すると、和泉守もついて来た。これで、布団は全部干すことが出来るだろう。
そう離れていない場所にある物干し竿に、洗濯物を引っ掛けていく。和服をハンガーに掛けるのは難しい。上手に洗濯バサミを付けるのが、一番難しい。
「ところで、さっきは何を話してたの?」
「和泉守の、髪の毛の話だ。」
「髪の毛?」
「三つ編みが気になるんだとよ。」
「ああ。」
堀川は、洗濯物を干す手を一旦止める。
「椿ちゃんもやってあげようか?」
「堀川は出来るのか!」
「堀川は、ねえ・・・ふふ。」
「クッソ。笑うな。」
「兼さんの三つ編みは僕がやってるんだ。」
「そうか!堀川は三つ編みのプロか!」
堀川はどこからともなく、折りたたまれた櫛と髪ゴムを取り出す。兼さんに何かあったときの為にいつも持ってるんだ、と言っていたが、堀川は一体和泉守の何なんだ。
「椿ちゃんは髪の毛が長いから、手伝いする時に邪魔じゃない?」
「気にした事は無かったな。ああ、でも顔を洗う時は邪魔だ。」
「今でも骨喰に持ってもらってるの?」
「ああ。たまに鯰尾が持っていてくれる。」
「仲が良いなあ、相変わらず。」
堀川が髪の毛を梳いてくれるのが、気持ちがいい。全体が整ったのか、髪の毛を割るようにして後頭部に櫛がスッと入れられる。背中がゾワゾワとして動いてしまったら、堀川にちょっと怒られた。
そうして、あっという間に右側に三つ編みにされた髪の毛が現れた。それに感動をしていると、左側にも同じものが現れる。
「おお、おおお・・・。」
「はい、おさげ。可愛いね、兼さん。」
「おっ、俺に振るんじゃねえよ!・・・でも、まあ、悪くはねぇな。」
「凄いな、堀川は・・・でも、困ったことにどうやって編むのかが見えなかった。もう一度、和泉守でやってほしい。隣で私も練習するから。」
「俺で練習するなよ!」
「良いだろう、減るもんじゃなし。」
「またおさげにしたくなったら、僕に言って。やってあげるよ。」
「でも、堀川も忙しいだろう。」
「椿ちゃんの髪の毛、触り心地が良いんだ。だから、また触らせてくれると嬉しいなあ。」
「・・・迷惑じゃないか?」
「まさか。」
堀川はニコニコと笑っている。そういうのなら、何かの手伝いをする時には頼んでみるのも良いかもしれない。事実、どう動いても髪の毛が視界を遮ったり、頬をくすぐったりしないのは快適だ。
ふと、大人しくなった和泉守を見ると、随分と不機嫌そうな顔をしている。この短時間で一体何が・・・ああ、もしかして三つ編みの練習台にすると言ったのが気に食わなかったのだろうか。謝ろうとしたところで、堀川がこそこそと耳打ちをしてくる。
「兼さんはね、実は僕らの中では一番年下なんだ。」
「和泉守が?」
「うん。それでね、平成生まれの椿ちゃんが来たでしょう?だから、椿ちゃんのお兄ちゃんになれたみたいで、嬉しそうなんだ。」
「・・・。」
「僕が態度から察しているだけで本人はそんな事言ってないし、今日二人が話をするのが初めてだから椿ちゃんは分からないかもしれないけど・・・もし良かったらさ、」
「!」
「なに二人でコソコソ話してんだよ。」
「仲間はずれにされて泣きそうになってるの?兼さん。」
「泣きそうになんかなってねえよ!ふざけんな国広!」
「和泉守。」
私が呼ぶと、和泉守はやっぱり不機嫌そうに返事をした。私は思わず堀川の顔を見てしまったが、堀川は困ったように笑うだけ。堀川が言ったようにやらないと、和泉守の機嫌は直らない・・・そう言われているような気さえする。私のようなものがどうこうしたところで、変わらないと思うのだけれど・・・まあとにかく、堀川に言われたことを実行に移してみよう。
「今日は、色々教えてくれてありがとう。・・・お兄ちゃん。」
「!!!・・・俺の方が先に来たんだから、当たり前だろう!また何かあったら頼れよ!」
前の主に妹が居て良かったと思う。そうでなければ、私はこの魔法の言葉を知ることはなかっただろう。感謝したい。
「んぐっふ!」
「どうしたの主!?」
「なっ、鯰尾くん見て・・・和泉守さんからメールだと思ったら椿ちゃんで・・・誤字脱字ばっかりで可愛いと思ってたら、最後名前の後に・・・これ・・・!」
「猫の・・・絵文字・・・!」
「可愛い・・・うちの紅一点可愛い・・・!」
20150403
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