あの子 | ナノ
時空の狭間で眠ってた

「えっ、女の子!?」


そんな驚きの声で私は目が覚めた。横たわったまま少し視線を上げれば、顔を隠すように頭に紙だか布だかを巻いた巫女が見える。


「あっ、きっとあれですよ!乱藤四郎や次郎太刀みたいに、女の子の格好をしてるだけ・・・あれ、柔らかい・・・。」


無遠慮に私の胸を鷲掴みしたのは、少女のような顔と長い黒髪を持った男だ。そこでふと、私が刀身ではなく、人間の身体を持っていることに気がついた。男の手を振り払うように起き上がると、私は私が見慣れている千鳥格子柄のプリーツスカートを身につけているのが見える。二本の脚が自由に動くのが不思議だ。勿論、手もある。黒地のセーラーの襟には黄色のスカーフがリボンになって結われている。男が言っていたように、胸は確かに柔らかい。顔を触ってみれば、頬も同じように柔らかかった。


「何故・・・。」


そう、何故。どうして私が、人間の姿かたちになっているのだろうか。


「大変だ・・・!上に報告しなきゃ!鯰尾くん、ここ頼んでいい?」

「はいはーい!」

「あ、そうだ名前!」

「私のか?」

「そう!」

「椿落とし・・・そう呼ばれていた。」


私が答えるやいなや、巫女はあっという間に部屋を出て行ってしまった。バタバタと足音が遠ざかれば、暫く沈黙が続く。


「あーと、俺は鯰尾藤四郎。俺も刀なんだ。よろしく。椿ちゃんって、呼んでもいい?」

「好きに呼べばいい。・・・君も、刀なのか。」

「そう。割と昔の刀だけど、椿落としなんて刀、聞いたことないな・・・。」

「私は多分、平成に生まれた刀だ。今は、何年になる?」

「2205年だよ。」

「2205・・・。」


胸の中で、何度もその数字を呟く。あの日、町を飲み込まんとしていた強大な敵を相手にしてからの記憶が無い。あれから、彼はどうなっただろう?あの町は?・・・そこまで考えて、もう100年以上前の事なのだから、あの日勝ったにせよ負けたにせよ、彼はこの世に居ないという事に気付く。


「・・・とりあえず、ここの事について教えてくれないか?」


私がそう言えば、鯰尾は色々な事を教えてくれた。今私たちが居る此処は、鍛刀をする場所で、刀が付喪神として生まれる場所。今しがた慌ただしく出ていったのが、生まれた付喪神の主。審神者と呼ばれるものらしい。
何故あんなに慌てていたのか。それは、付喪神は刀剣男士と呼ばれ、その名のとおり男しか生まれないとされていたから。中には女の格好をしている刀もいるが、れっきとした男であり、決して女ではない。私はかなりイレギュラーな存在であるらしい。


「ところで、椿ちゃんは本当に女の子なの?」

「さっき触ったじゃないか。」

「いやでも、にわかに信じられないっていうか・・・何か詰めてるとか。」

「脱いで見せようか。」

「え!?」


鯰尾は驚いてみせたものの、私を止めるわけでもなく、じっとこちらを見ている。
私はスカーフの端を掴み、するりと抜く。元に戻すことが出来るのかはさて置き、セーラーも躊躇いなく脱ぐ。


「ブラも取った方が良いか?」

「ぶ、ぶら?その胸当てみたいなの?」

「ああ。」

「じゃあ是非・・・。」


そう言ってみたものの、外し方がよくわからない。服のように脱いでしまおうかと手をかけたところで、慌ただしい足音がこちらへ近付いてくるのが聞こえた。


「お待たせ!ごめええええ何してんの!?」

「あああ主!いやこれはその、ちょっとした検査っていうか?怪しげなもの持ってませんか?みたいな?」

「じゃあまず刀から調べなさいよ!」

「丁度いい。あー、主・・・と呼んだ方がいいのか?主、ブラの外し方を教えてはくれないか?」

「なんで!?」

「鯰尾が是非外してくれと。」

「・・・鯰尾くん、ちょっと。」

「・・・ハイ。」

「あなたは、ちゃんと服を着て待ってて。すぐ来るから。」


どうやら主は怒っているらしい。その表情は見えないが、声が怒気を孕んでいる。鯰尾はそれにビビりながら、此処を出ていった。
さて、私はちゃんと服を着られるだろうか。


「うちの鯰尾がごめんね・・・ええと、椿落としだったよね?」

「ああ。」

「素敵な名前ね。・・・詳しい話は、別の部屋でしましょうか。」

「はい。・・・鯰尾。」

「なに?」

「これを持っていてくれないか。」


私は、自分が持っていた『椿落とし』を鯰尾に差し出した。なかなか受け取ろうとしないので空中で手を離してやれば、鯰尾は慌てて掴む。


「そこまでしなくてもいいのに。」

「私はイレギュラーな存在だ。そして貴女はここの重要人物。一緒に居るだけでもよく思わない輩もいるだろう。身を斬られかねないから、私は少しでも身の潔白を証明したい。・・・折角、人間の形を手に入れたのだから、もう少し色々な事をしてみたいしな。」


私という、未知の存在が帯刀しているだなんて言語道断だ。逆の立場だったなら、怪しいものが主の後ろを歩いているのを見ただけで斬りかかるだろう。
ここは鍛刀をする部屋なのよ、と主は説明しながら歩く。厨房、刀それぞれの部屋、浴場・・・まるで、私を此処に住まわせるような物言いだ。日本家屋を基調とした広い家を周り、最後に通されたのは広い和室。襖の奥には、美しい日本庭園が広がっている。


「さて、どこから話そう?鯰尾くんからなにか聞いた?」

「貴女が審神者と呼ばれるものだということ。そして、私が異端であること・・・くらいか。」

「そう・・・。」


主はやがて、ゆっくりと口を開いた。刀剣男士と呼ばれている刀の付喪神が、何と戦っているのか。その目的やなんかも、色々と教えてくれた。私は、にわかに信じ難いそれらの話に、目を丸くするばかりだ。歴史を変えるとか変えないとか、タイムスリップして過去の時代の戦に参戦するだとか・・・まるでフィクションのよう。
もしそれが本当で、タイムスリップして過去へ行くことが出来るのならば・・・。


「・・・私は、平成の世に生まれた。いつか、その時代へ行くことも考えられるだろうか?」

「それは・・・分からないわ。平成は、平和な時代だったし・・・昔ほど争い事は無かったでしょう?」

「私の主・・・前の主、か。彼は、恐らく特別な人間だった。高校生という幼さながら、人ならざるものと戦うような・・・そんな人間だった。」


今度は私が主を驚かせる番らしい。
彼が主に使う武器は、ペルソナと呼ばれるもの。人ならざるものと対峙する時には必須のものだった。私のような付喪神には到底かなわない、本物の神の名を持ったそれらは、彼の、彼らの力となった。次々起こる殺人事件を解決し、霧に飲まれようとする町を救おうとしていた。
そして私は、箱の中でずっと彼に見つけてもらう日を待っていた。やがて見つけてもらう事が出来たが、彼のその物語は終盤だったのだろう。すぐに強大な敵との勝負だった。


「それで・・・?」

「勝った。と思ったんだけれど・・・本当の黒幕が居たんだ。それに気付かなかった前の主は、気付かずに故郷へ帰ったよ。」

「それじゃあ、その町は・・・。」

「霧に飲まれて消えた・・・そう思うだろう?」


霧には消えなかった。その代わり、新しい春が訪れた。私にとっては新しい春だったけれど、主にとってはどうだっただろう?前まで相棒と慕ってくれていた友人が、恋仲だった女子が、皆一様に彼に初めましてと言う世界。いつの間にか部屋に置いてあった私という刀の存在を不思議に思わず、ただもう一度繰り返された一年・・・それに気づいていたのは、少なくとも私だけだったように思う。


「そしてもう一度、同じ敵を・・・強大でも何でもなくなっていた敵を倒し、初めて見る黒幕と対峙して・・・それからの記憶は、私にはない。死んだのかも、生きたのかも分からない。主のその顔を見るに、ペルソナという存在も公には無いのだろう。そうしたら、本当に彼が居たのかも、その町があったのかも、事件があったのかも分からない。」

「でも、椿ちゃんは此処に居るよ。ぺるそな?とか俺にはよく解らないけど・・・でも、きっとあったと思う。」

「・・・ありがとう、鯰尾。」


ざっくりな説明だったが、これが私という刀のほんの少しの歴史だ。主は考え事をするように頬に手を当てて唸っている。此処では彼女が全てだろう。彼女が要らないと言ってしまえば、私はまた、何処かを彷徨うのだろうか。また長い間眠るように自我を閉じて、起こされる日を待つのか・・・。それとも、私という存在は消えてなくなるのかもしれない。人間で言う『死ぬ』という事。それも良いかもしれない。


「・・・実はね。」


唸っていた主がようやく口を開いた。


「上に報告しなきゃとは言ったものの、どう言っていいのか解らなくて、何も報告しないままだったの。話を聞いて、それからにしようって思ったんだけど・・・なんだかそれも難しそうっていうか・・・。」

「申し訳ない。」

「あっ、ううん!謝らないで!」

「そうそう!主は上司が怖いだけなんだから!」

「鯰尾くん余計なこと言わない!・・・でも、怖いのは本当なのよ。知らない事聞いたら、自分で何とかしろって言うし、次々現れる歴史修正主義者に手を煩わせてるから、余計なことはしたくないような風だったし・・・。」

「じゃあ内緒にしときましょうよ、主!なんとかなりますって!」


しょんぼりとし始めた主に、どう声を掛けて良いものか迷っているうちに、鯰尾がピシッと手を挙げてそう提案した。内緒って、そんな子供の悪戯じゃあるまいに・・・と言いかけたところで、主が名案だとでも言うように手を叩く。


「そうね!そうしましょう!」

「えっ、いやでも、」

「でも、一応こんのすけには言っておいた方が良いわよね。いざとなった時に口裏を合わせてもらわないと・・・。」

「いやそんな事が許され、」

「そうと決まったら部屋割り決めないと!空いてる部屋ないですから、俺と骨喰と同じ部屋で良いですよね!」

「前科持ちが何言ってるの?」

「もうしません!もうしませんから!」

「あの、」

「遠征組が帰ってきたら、ここにみんな集めて紹介しないとね〜。」

「私を無かった事にすれば、」

「何言ってるの!同性が居ない寂しさを椿落としちゃんで埋めようとしてるのに!っていうか鯰尾くん、椿ちゃんって呼んでるの羨ましい!私も呼ぶ!」


さっきまでの真面目な雰囲気が、二人の盛り上がりによって何処かへ吹き飛んでいってしまった。・・・どこか懐かしいと思ったのは、きっと彼らを思い出したからだろう。胸の辺りがじわりと熱くなって、鼻の奥がツンと痛む。どうしてだろう。
わいわいと楽しそうにしている二人に、私は頭を下げる。


「よろしくお願いいたします。」

「ええ、よろしくね。」

「よろしく!」

20150311
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